聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
そこは一見すると暗く狭い、崖にできたただの洞窟のように見える場所だった。

しかし、どこからか不気味な唸り声のようなものが聞こえてくる。

―ウゥゥ、ウゥゥゥ…

リュティアは思わずカイの背中にしがみついた。

カイが驚きそして赤面したことに、リュティアは気づかない。シアとジョルデが、よかったねとでも言いたげににやにやしたことにも。

「この音は洞窟のあちこちにあいた小さな穴に風が通るときに鳴る音だ。だからここは風穴と呼ばれているんだ」

ヨーバルに説明されても、不気味なものは不気味だった。

しかも、洞窟に入った一行は、さらに不気味なものをみつけることとなる。

それは、頭上から滴り落ちる、水滴だった。

ただの水滴ではない。

なぜかその水滴は、まるで血のように赤い色をしているのだ。

「これは、山の鉱石が含む銅の色が出てきているだけさ。でも、血のように見えるだろう? だから、“鮮血の風穴”なのさ」

さすがヨーバルは落ち着いたものだ。だてに世界中を旅していないといったところだろう。

リュティアは、体感したことのない暗さに、最初のうちこそ怯えたが、じきになれてくると、好奇心がむくむくと頭をもたげてきた。

ランプの灯りにキラキラ輝く鉱石や、コウモリの姿に、目は釘づけだった。

所々洞窟は朽ち、崖際に開けて、遥か大地をみはるかす細い道となっていた。

足を踏み外せば一巻の終わりだ。

それも、何度も繰り返し読んだ冒険物語のワンシーンのようでどきどきした。

この洞窟を抜けるには、丸一日かかるという。

道を半ばほど進んだところで、状況を見るため先に出発し、下見をしてきた先発隊が戻ってきた。

彼らによれば、反対側の出口付近を怪しげな集団が占拠しているという。

彼らは一見したところどこかの村人のようだが、武装しているのが気になる。盗賊の類かもしれない、ということだった。

「カイ、ジョルデ、悪いがお前たちも一緒に行って、話をつけてきてくれないか」

「わかりました」

「ああ、おやすい御用さ」

護衛数人とシアやリュティアを含むメンバーはここに残り、しばし休憩することとなった。

「カイ、気を付けて」

「…ああ、すぐ戻る」

「いいかシア、おとなしくしていろよ。私がいないからって、羽目を外すんじゃないぞ」

「わかってるわよ! さっさと行っちゃいなさいよ!」

ジョルデはしばし黙すると、不意に拳でぽかりとシアの頭を殴りつけた。

「…った~! なにすんのよいきなりっ」

「…お前が何も起こさぬはずがないから、先に殴っておいたまで」

「余計よ! 余計余計余計~! ふんっ」

かくして、四人は別行動となったのであるが…。
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