聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
「ほら見てリュティア! この槍、大きいでしょう! 小さい頃は、この槍を引っこ抜いてみせることが夢だったのよ」

「ええ! この槍を? 巨人でもなければ無理じゃないでしょうか?」

「無理って思うから無理なのよ。ふふふん、私はまだ諦めてないわよ」

「ふふ、フレイアらしいですね」

「そうだ、ちょっと上ってみる!? コツがあるのよ。てっぺんからの見晴らしは最高なんだから」

「上る!? フレイア、また危ないことを…」

きらきらと輝く瞳で笑いあう二人を、男二人がじっと見守る。

カイのまなざしの優しさを見たザイドが、にやりと笑ってカイに声をかけた。

「…カイ、そんなにリュティアが好きか?」

「えっ!!!?」

カイは突然のことに動転し、真っ赤になってしまった。

「わかりやすい奴だな。大丈夫、このこと、リュティアに言ったりしないから。俺は応援してるぜ。身分違いとか、そんなの、気にすることないさ。お姫様もお前にはすごくなついているみたいだし、押して押して押しまくれば、きっと大丈夫さ」

「押して押して押しまくる…」

カイの苦手分野だ。

ただでさえ、あんなにも純真無垢な彼女に、こんな気持ちを抱いていること自体が罪悪感のもととなっているというのに。

その時、フレイアの真似をして噴水のへりに立ったリュティアがバランスを崩した。

「危ない…!!」

カイは慌てて駆け寄り、リュティアの体を支えた。

「大丈夫か、リュー!」

「は、はい」

「もうちょっとで水に落ちるところだったじゃないか! あまり私の心臓に悪いことはしないでくれ、頼むから…」

「ごめんなさい…。でもカイ、フレイアはいいのですか? まだ、噴水のへりを歩いていますけど…」

「いいんだ」

“押して押して押しまくる”―。

ザイドの言葉が脳裏にひらめき、カイは勇気を奮い起こして言った。

「お前は、私にとって、特別だから」

細い両肩をつかみ、その美しい瞳をのぞきこむようにして、カイはどきどきしながら返答を待った。

「カイ…」

リュティアは驚いたように目をみはっていたが、やがて水辺の蓮の花のように清らかな笑みを浮かべた。

「ありがとう。私にとっても、カイは特別です」

「…え…?」

カイの頭の中で祝福のベルが鳴り響いた。しかし…

「私の大好きな、お兄様だもの!」

兄……。

カイの祝福のベルは落ちて粉々になった…。

ずーんと肩を落としてザイドのもとに戻ったカイを、ザイドが慰めてくれた。

「まあ、そう気を落とすな。お姫様はまだまだお子様なのさ。諦めなければきっと大丈夫。俺だって鈍すぎるあいつのせいで何度諦めかけたことか…それでも、やっとつかんだ今があるんだからな」

「ありがとう…ザイド」

腹を割って話し合ったあの夜から、カイはザイドと打ち解けることができるようになっていた。それで道中、彼がいかに昔からフレイアを想って来たかを教えてもらった。
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