聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
カイが部屋にこもったまま出てこないと知って、リュティアはひどく心配していた。食事もとっていないし、ノックをしても返事もしないという。

夜半過ぎ。

リュティアはカイの部屋を訪ねることに決めた。

もうとっくに休んでいるかもしれないが、どうしても伝えたいことがあった。

アクスが、聖試合に出てくれることになったのだ。

「見返り」を、彼はとても気に入ってくれた。

それだけでなく、自分たちはもう少しちゃんと話をしたほうがいいように思えた。彼の苛立ちの原因を知って、少しでも力になりたかった。

さすがに薄手の白い夜着で彼のもとを訪ねるわけにはいかないので、いつもの動きやすいワンピースに着替える。

カイの部屋は廊下を曲がってすぐだ。

しかしこの時点で、リュティアは嫌な予感がしていた。

肌を刺すようなまがまがしい気配の名残を感じ取っていたのだ。

その気配は、なぜだろう、カイの部屋に近づくほどに色濃くなっていく…。

「カイ? カイ? 私です。いたら、返事をしてください」

繰り返しノックをしても、返事はない。

リュティアは急にいてもたってもいられないような不安を感じた。

「カイ!? 開けますよ!」

勢いよく扉を開けたとき―――

まずリュティアの目に飛び込んできたのは、月明かりに浮かび上がる部屋の中、床に広がる赤い色彩だった。

赤は、ヴァルラムの国色。

別段珍しい色ではない。

しかしこの赤は、今まで見たどの赤よりも生々しい色をしていた。

そして布でも家具でもなく、液体状をしていた。

「カイ!?」

部屋には誰もいなかった。

ただ赤い液体だけを残して、もぬけのからだった。

それが鮮血だと気が付いたのとほぼ同時に、リュティアは部屋に残るまがまがしい気配に気づいた。

フレイアの語った事件がいやでも脳裏をよぎる。

リュティアは血の気が引くのを感じた。

そして我知らず絶叫していた。


「いやぁぁぁー―――――!!」
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