一般人令嬢は御曹司の婚約者
私は恥をかきながら御曹司の後ろをついて歩く。
こういうときに限って、時間が過ぎるのが遅く感じる。
いや絶対わざと遅く歩いている。
いつもなら部屋に着いている時間だというのに、まだ中間地点。
もう、なんでこの屋敷は無駄に広いんだ!
無駄に周りを気にしながら、御曹司の部屋に着いたときにはぐったりしていた。
大浴場では肉体的疲労、ここまで来るのに精神的疲労が溜まり、くたくただ。

「残念だったな、その姿見てもらえなくて」

「わたくしの日ごろの行いがよかったから、こんな格好を見られずに済んだのですわニャー」

「けっ、かわいくないにゃんこだ」

「かわいくなくて結構。さ、夕食の準備ができていますからどうぞニャー」

私が御曹司就きになってから、彼は部屋で食事をとるようになった。
お風呂に行っている間にテーブルに用意されていた食事。
御曹司はフォークとナイフを使い、美しく食べていく。

「はい、あーん」

時々、フォークに刺した料理を向けてくるのを、そっぽを向いてかわす。

「………つれねーの」

そう言ってフォークを引き戻し、自分の口に。
最後までお坊ちゃまらしく上品に食べ終わると。

「早くおやすみニャー」

私は片づけをしながら、御曹司に進言する。
礼儀がなってない? 今さらですね。

「食べてすぐ寝たら胃がんになるんだぞ!」

「では………これで良いでしょうニャー」

部屋の隅に積んであったクッションをベッドに移し、枕を高くする。
早く寝て、とっとと私を解放しろ。
あんたが寝ないと、私はいつまで経っても帰れないのよ。
私が御曹司のペットでいる時間は、彼が学校から帰ってきてから寝るまでの時間。
そこに定時はない。
労働基準法はどこに消えた。

「子守唄をうたって差し上げますからニャー」

早々に御曹司をキングサイズのベッドに押しやり、私は歌う。

「ねんねんーころりやーおこーろーりーやー」

寝やすいように電気を消して。

「ボンボンはーヘンタイだーとっとと寝やがれ休ませろーシャー」

「……おい、隠す気のない悪意があるだろ」

「あらいやですわぁ、悪意なんてそんなニャー………」

こうして、夜が更けていく。
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