クラッシュ・ラブ

――はっ。メガネ、忘れた……。
あー……洗面所に置きっぱなしか……。

自分の行動を回想して、洗面所にぽつんと置いてあるメガネを頭に思い浮かべる。
空振りの感触に、余計落ち着かないオレを見て、澤井さんが目を細めた。


「……あー。ワザとかと思ってたけど? 周りがあんまり見えなくなるように、って。でも、どうやら忘れた理由は違うみたいだな」
「……なくても、それなりに見えるから」


澤井さんの言うとおり。『理由』はもっと別のこと。
メガネなんか忘れるくらい、いっぱいいっぱいだったんだよ、オレ。


「ま、“プラス”になりそうなことならいいんじゃない? それより、会場あっち」


さらり、と話題を変えてくれて、ホッとする。
自分でも余裕のないことを、人に話すなんて、不器用なオレには到底ムリだし。

澤井さんについて会場に入ると、オレの日常とは正反対の世界にすでに疲れが出そうだ。


「……『もう帰りたい』」
「……」
「それくらいわかる。っていうか、顔に出てる」
「わかってるクセに。本当、悪趣味だな、澤井さんは」


リビングに射し込むあの穏やかな光とは違う、もっと煌煌とした、目を細めたくなるライト。
壁際に設置されてるドリンクバーや、ブッフェスタイルの料理。
広い会場にも関わらず、うじゃうじゃと行き交う人々。

ああ、酔いそう。

焦点を敢えて遠くに外しながら、澤井さんの後ろをついて歩く。
料理を流れるように見て、どれにも特に心を惹かれることがなかった。


美味しそうは美味しそうなんだけど……なんか違う。
もっと、こう、温かそうな……沁み入りそうな感じが。

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