クラッシュ・ラブ

耳元で聞き終える頃には、目眩を覚える。
いろいろな感情が、わたしの中に渦巻いて、それが現実にも足元をすくわれてそうな錯覚を起こす。

無反応のわたしを横目に、杏里ちゃんは着信が来たらしい携帯を取り出した。
ずっと握りっぱなしの水が、重みを増して感じる。


「あ。ユキ先生、湿布が欲しいって」
「――――え?」
「さっき、メールして聞いたんです。【欲しいものはありませんか?】って」
「あ……そうなんだ……」


どうしてわざわざ杏里ちゃんに? と、思っていたのを見抜かれてたかもしれない。杏里ちゃんの付け足しして言ったことに、納得せざるを得ない空気。

でも、湿布って。どっかぶつけたのかな? 大丈夫かな。

今のことよりも、雪生のことの方が気になるわたし。それすらも勘付いたように、杏里ちゃんが言う。


「腱鞘炎ですかねぇ? 職業病っていうか!」
「腱鞘、炎……」


不覚にも、『なるほど』と感心してしまった。そんなわたしに、クスリと笑ってアイスをレジまで持って行ってしまう。
あっという間に購入し終えた杏里ちゃんは、再びわたしの前にやって来た。


「あたし、この辺薬局とかわかんないので……ミキさん薬局わかりますよね……?」


小動物のような、愛くるしい目でわたしを見つめる。潤んだ瞳から目を逸らせずに、そのまま受け入れる他ない流れだ。
仕方なく、僅かに頷くと、にっこりと笑みを浮かべた杏里ちゃん。そして、差し出された手に驚きを隠せないわたし。


「じゃあ、あたし、先行きますね? アイス溶けちゃうんで。あ。鍵って預かったりしてます?」

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