クラッシュ・ラブ

ピタリと手を止め、右を見上げてその顔を見る。
彼の顔は、至って真剣で。さっきみたいな、“ノリ”的なものとか全然感じられない。
だから、わたしも自然と真面目に答えていた。


「うれしいです。でも、それはできません。ごめんなさい」


目を見てはっきりとそう伝えると、外崎さんは、ふいっと顔を逸らして「あ、そ」と素っ気なく言うだけ。
必要としてくれていそうなのを断るのは、ほんの少し胸が痛むけど。
どちらかと言えば、いつでもそういうのに飢えてるわたしなんかは特に、“こんなこと滅多にない”なんて思ったりもしてしまうけど。

だけど、わたしの目標は、“誰か”の力になりたいってわけじゃなくて、“雪生”の力になりたいと明確だから。


そして、それからさらに1時間ほどレクチャーを受けて、帰り仕度をした。


「ありがとうございました……! 本当、時間に余裕があったとはいえ、感謝してます!」


玄関先でガバリと頭を深く下げ、お礼を言う。

ここに来て、途中までは、恐怖心だったり暗くどんよりとした気持ちになったりとしたけれど。
今は、なにに怯えることもないし、清々しい気持ちで。

自然と出てくる笑顔を外崎さんに向けた。
彼は、怒るでも笑うでもなく。なんだか本心を隠したいような、難しい顔を少しだけしてた。
なにも言わない外崎さんに、もう一度軽く会釈をして外へ出ると、玄関の扉が閉まる寸前に声がする。


「……スケジュールに余裕なんてねーっつーの。こりゃ徹夜だな……」
「え?」


なにか伝え忘れかと振り返る。でも、あまりに早口でボソッと言われた言葉がはっきりと聞き取れないまま、あっという間にわたしたちの間のドアは閉まってしまった。

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