クラッシュ・ラブ


「……ん」


こんなに穏やかなのはなぜだろう。

寝ぼけながらでもわかる安心感。ゆっくり瞼を開けると、その理由がすぐわかる。


「――!!」


目に映るのは雪生の寝顔。
安らぎの理由を理解すると同時に、寝起きにも関わらずすごい心拍数に上がってしまう。

あ……わたしも寝ちゃって……って、じゃあ今何時?

レースのカーテンの向こうは、すっかり暗くなった空。
あたりを見回すと、小さな置き時計を見つけて目を凝らす。

21時……前。よかった、そんなに経ってない。
長い睫毛……。色の白い肌。もしかしたら女のわたしなんかより、ずっと綺麗かも。

寝顔なんて、そうそう人に見せるものではないから、それを今独り占めしているのだと思うだけでうれしくなる。
でも、もうそろそろ帰らなきゃ。

起こさないようにと寝がえりを打つ。そっと足からベッドの外に出そうとした瞬間、きゅっと体に長い腕が巻きついた。


「?!」


びっくりして、一瞬息が止まってしまった。
その腕の主の顔を見ようにも、抱きしめられてしまうと思うように降り向けなくて。


「……帰るの?」


なんていうんだろう、こういうの。『惚れた弱み』? 『恋は盲目』?
普段は優しくて、仕事中はかっこよくて。そしてこんなときは、すごくかわいい。


「あ……起こしてすみません。今日は帰らなきゃいけないから……」
「そ……っか」


きつすぎず、でも解かれない腕の中で、雪生の温もりを感じる。
名残惜しいけれど、泊まるって弟(ハル)に言ってないし。それに――。


「あの」
「ん?」
「今回が約束の最後の仕事だったのに……きちんと出来なくてごめんなさい」


短期のバイトだけど、それもまともに出来なかったこと。自分で考えて決めたことだけど、やっぱり心残りには違いなくて。


「わたしの唯一の“理由”だったのに」


仕事場(ここ)にくる、唯一の――。


「……今は、他にも“理由”があるでしょ。重要な」
「『重要』……??」
「オレを癒やす仕事」


さらりと伸びた髪を撫でられ、つむじにキスされる。
こんなに甘く、幸せな時間。

……でも、わたしの中にはひとつだけ。
ひとつだけ、引っ掛かることが残ってる。

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