きっともう大丈夫
オーナーは私との約束を守ってくれていた。
カフェ併設の話はあれから1週間後、オーナーからスタッフ全員に告知され、
多恵ちゃんも真帆ちゃんもカフェを凄く楽しみにしているようだった。
カフェの話はその後、常連のお客様やHPでも告知され周りもその話題で持ちきりだった。
私はというと、辞めるそぶりを見せずにみんなと働いていた。
カフェオープンが2週間後に迫った時
オーナーから工事のため休業すると連絡がきた。

私はこの休業を期に退職することになっていた。
もちろんみんなはそんなこと知らない。休業の間おやすみをもらうと言うと、ゆっくり休んでカフェをみんなで盛り上げようねと多恵ちゃんに言われた。


この日は木曜日でいつもなら教室があるのだけれど
休業前ってことで教室はお休みさせてもらった。
そんなことを知らないハルと匠君はいつものように元気に来店した。
「えええ!明日から休みなの?まじ?」
ハルの嘆きとは逆で匠君はカフェがオープンするのが凄く気になるようで
多恵ちゃんにいろいろと聞きながらも盛り上がっていた。
「ねー。店長さん」
ハルが真面目な顔で呼んだ。
「なーに?」
「あ・・明日から休みなんだよね。・・・店長さんも休むの?」
「そうだよ。せっかくの休みだからさ~~ゆーっくり
のんびりしようかなーって思ってるよ」
いつもの営業スマイルで答える。
だがハルの様子はいつもと違っていた。
なかなか目を合わさない・・・下を向いて何か言いたげな・・・そんな感じだった。
「ねぇ。ハルくん体調でも悪いの?」
顔を覗き込むように首を横に向けると急にハルはガバっと顔を上げ
「て・・店長さん。今度の土曜日デ・・デートしてくれませんか!」
店内が静まり返った。
匠くんと多恵ちゃんの動きが止まり視線はハルへ・・・
もちろん私も固まっている。
「デ・・・デートってこんなおばちゃん捕まえて何言ってんの?冗談やめてよ」
本当にこの子は何を言ってるの?
自嘲気味に言うが、ハルの顔は真剣だった。
「冗談なんかじゃない!本気だよ。ね・・・だめ?」
だめ?ってそんな顔されても・・・
どう見たって、私とハル君じゃ・・・兄弟?
そんな時「しちゃえしちゃえ!」って脳天気な声が聞こえた。
声の主はもちろん多恵ちゃんだ
「多恵ちゃん!な・・なにいうの?」
「せっかくの連休を家でだらだら過ごすなんてもったいない!
せっかくこんな若い男が誘ってくれてんだからデートしちゃえしちゃえ」
全く、他人事だと思って・・・
すると今度は匠君が
「マジでこいつとデートしてやってください
俺、こいつとつるむのちょっと休憩したいんで」
もー。これじゃ~~もし断ったら凄く恨まれそうじゃん。
ちらっとハルの方を見ればじーっと私の返事を待っている。
こんなことそうそうないし、私がここを辞めれば
この子たちとこうやって会うことはもうないんだ。
だったら1回だけ付き合ってやるか!
「わかったよ。お姉さんとデートしますか!」
するとハルは飛び上がって喜んだ。
多恵ちゃんも匠君も一緒になって喜んでた。
こんな楽しい時間がもう終わってしまうかと思ったら
熱いものがこみ上げてきたが、ここで涙を見せる訳にはいかない。
ぐっと堪えて、休業の準備を始めるのだった。
 
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