家出少女と風花寮

夏祭りと保護者


教室には半分くらいが戻っていて、それぞれのグループができている。

「やっと学校終わったー!」

「気が早すぎ。明日もあるし」

「夏休みどこいく?」

「祭りは絶対行くよねー」

「ほぼ毎日部活ー」

「海行きたい」

「じゃあ水着買いに行かなきゃ」

「今度モール行こ」

「あのっ!」

私は近くにいたグループに話しかけた。

「何?」

「私も一緒に、遊びに行ってもいいかな?」

勇気を持ってクラスメートに話しかける。

しかし。

「無理ですー」

「忙しいんで!」

と、足早に去って行く。

「…………」

私はその背中にかける言葉を持っておらず。
浮かせた手が力なく垂れた。
目頭が熱く、鼻の奥が痛くなるのを息を止めて耐える。

「ややっ、福井氏どうされましたか」

「……どうって………」

声をかけてきたのは青木君だった。

「ここ、僕の席」

机横のフックには、見慣れた青木君のカバンが掛かっている。

「あ、ごめん。邪魔だったよね」

「もしや、大家さんのカップリング報告ですか!? 隣を歩く福井氏に嫉妬した副会長が現れ、あんたの隣を他の奴に許した覚えはない、って大家さんを攫い陰であんなことやこんなことぐふふ」

「えと………」

「いや待てよ、あんなに強い大家さんが大人しく受けるかな。今は仕事中です、大人しく待ちなさい。あとでご褒美、沢山差し上げます。妖艶さをまき散らし、煽っておあずけする大家さん………ううむ、捨てがたい」

相変わらず何を言っているのかわからないけど、助かった。
お陰で気が紛れる。

「大家さんはどちらもいける気がします。こうなったら相手に合わせましょう。………福井氏。副会長って、右左どっちだと思われますか?」

「副会長はわからないけど、道行く人にすごくモテてましたよ」

「流石は大家さん。ギャップ萌えですな」

「ギャップって………」

それが適応されるのは、普段、着物しか見ていない私たちだけではないでしょうか。
いくら着流し美人の大家さんといえど、学校には制服で来ているでしょう。

「いやはや、生徒会長は万能です。王道は副会長と風紀委員長でしょうが、他の委員長や、一般生徒もなかなかに捨てがたい。悩みますなー。かといって、総受け総攻めは僕は好みませんよ。固定カプ一択。一人の相手と相思相愛がいいじゃない。遊び人であっても、運命の相手見つけて、一筋になりアプローチ、ハッピーエンドがいいと思ってる。そうした場合の選ばれなかった人たちによるアナザーストーリーがまたいいんですよ!」

「へー………」

「そう、時代は純愛!」

「で、りおちゃん。大家さんと意味深なアイコンタクトをとったそうだけど、どんな秘密の合図を送ったのかな?」

「ゲッ……出た………」

「りおちゃんいるところにオレありだよ」

「ねぇよ!」

ひょっこり、中島君が教室に現れた。
堂々と青木君との距離を詰める。

「せっかく会いに来た恋人に向かってそのセリフ?」

「寄るな触るな抱きしめるな! 誰が恋人だ!」

「照れなくていいんだよ、オレとりおちゃんは学校公認だからね」

「勝手に公認にすな!」

正面から抱きしめられる青木君は自由な両手で中島君の背中を叩くが、中島君は嬉しそうに頬擦りしている。

「たとえ大家さんに言い寄られても所詮は当て馬。最後はオレのだ」

「今も昔もこれからも、僕は誰のものでもない!」

「嘘でしょ。りおちゃん可愛いから言い寄られてたはず」

「んなわけあるか! こんなオタク眼鏡、恋人いない歴イコール年齢だっての!」

「そういう事にしといてあげる。りおちゃんがオレ以外の男のお手付きなんて考えたくないし」

「事実だ! そしてアンタのお手付きにもならない!」

「盛り上がってるところ申し訳ないですが………」

今度は大家さんが現れ、中島君の首根っこを掴み、青木君とひょいと引き剥がす。
麗人の登場に、教室からは男女共に悲鳴が上がった。

「チャイムはとっくに鳴っています。中島さん、行きますよ」

「ちぇっ。りおちゃん、後でね」

「二度と来るな」

大家さんにひきずられ、ヘラヘラ手を振る中島君に、シッシッとそっけない青木君。
教室から出る一歩手前で、大家さんは思い出したように振り返った。

「ちなみに、副会長は女子です。あなたの考えているような事は一切ありません」

「……女装男子設定で妄想しましょう。…………実は大会社の御曹司だが、家族とうまくいかず家出して、友人の協力のもと、家にバレないように女子として学校に通う。副会長に抜擢され、生徒会で出会った会長に惚れた。しかし、副会長にこの学校を紹介した友人は、ずっと副会長の事が好きだった。副会長の幸せを願いつつも、叶わない恋に胸を痛める友人。そんな友人の気持ちを知らずに、今日もまた会長の事を話す。…………あれ? 会長が当て馬になってしまいました」

「妄想するなとは言いませんが、口に出すのはおやめなさい」

じー。
と、青木君は大家さんを見つめる。

「……なんでしょうか」

大家さんと中島君を交互に見た後、納得したように手を叩く。

「生徒会長×チャラ男。これもまた王道」

「りおちゃんやめて!」

「………はぁ……」

大家さんはため諦めたようにため息ひとつつき、中島君を引きずって今度こそ去っていった。

「なるほどわかりました。大家さんは、副会長が女子と訂正した、チャラ男との事を否定しなかった。つまり、大家さんの本命はチャラ男!」

「ホームルーム始めるぞー」

眼鏡を光らせる青木君に、担任の注意が飛んだ。



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