家出少女と風花寮
6号室

福井幸という女


8月に入っても、風花寮の住人は寮に揃っていた。

「皆さん、お盆は実家に帰りますか?」

朝ご飯後のまったり時間。

お茶をすすって大家さんが尋ねた。

「僕は帰ろうと思ってます」

「オレは、りおちゃんについて行くよ。ご両親に挨拶しなきゃ」

「来るな! なんの挨拶だ!」

「いつもお世話になってますって。同じ寮に住んでるんだもん、当たり前でしょ?」

「当たり前じゃない。絶対本来とは別の意味になってる」

「その後、オレの実家に来て?」

「断る!」

「即答!? ひどいよりおちゃん……」

「泣き真似するな気持ちわるい。………お盆に他人様の家とか、居心地悪いことこの上ない」

「姉貴のBL本コレクション見せてあげようと思ったのに…」

「行かせていただきますっ!」

青木君は右手を額にあて、敬礼した。
見事な手のひら返しである。

中島君が青木君が男と知っても抵抗がなかったのは、もともと耐性があったからか。

わくわくしている青木君を見る中島君は、口元を吊り上げ、5割増し楽しそうにしている。

………十中八九、何か企んでいますね。
おそらくは、こう。

弟が男の人連れてきて、腐女子な姉に妄想されないわけがない。
その上、弟はそのつもりで連れてきているのだから………。
これ多分、外堀を埋められるやつですね。
青木君、ご愁傷様です。
お幸せになってください。
おふたりはとてもお似合いだと思います。

私は心の中で合掌した。

「ボク達は帰らないです」

アキ君の横でシュウ君が暗い顔で頷く。

「そうですか」

なにかありそうだけど、追求するのは野暮というものだ。

「北山さんは今年も帰りませんよね」

「ああ」

「福井さんはいかがですか?」

「私も、帰らないです」

「………わかりました」

大家さんは何かを察したようだったが、追求されることはなく、ほっと息をつく。
腐男子カップル以外、みんな訳ありか。

「青木さん、中島さん。詳しい日程が決まったら教えてくださいね」

「わかりました」

「りょーかい」

青木君を後ろから抱きしめた中島君は、すぐ思い出したように言った。

「あ、でも来週映画公開だから、その後になるかな」

「映画?」

「そ。今話題のケータイ小説が原作の、溺愛もの」

「へー、お前も溺愛のケータイ小説とか読むんだな」

「りおちゃん、オレに失礼だよ。オレ、こんなにも一途なのに」

「信用ならないんだよ」

「みんなも、原作小説持ってるから、言ってくれたら貸すからねー」

「…………なんていう、本?」

目をキラキラさせたアキ君が尋ねると、中島君はキメ顔を作り、人差し指を立てて言った。

「『さち。』先生の『同居人のイケメン達に愛されすぎてますが、本命はこの中にいません。』って作品だよ」

瞬間、呼吸を忘れ、鼓動が速くなるのを感じた。

………まさか、中島君の口からその名前を聞くことになるなんて。

私は震える両手を膝の上で祈るように、きつく握りしめた。

「その映画の主題歌は『さち。』先生が作詞するって話題になっててねー」

と、追加情報を述べていく中島君。

周りは中島君のプレゼンを興味深く聞いていた。

「『さち。』先生の作品は、甘々からギャグや悲恋、純文学まで多岐に渡っていて、その全てにおいて、高い支持を得ているんだよ。しかも、書籍化デビューは小学生の時。将来が楽しみだよねー」

「誰目線だよ」

「で、デビュー5周年にして、大賞受賞と共に実写映画化が決まったんだ。演じるのは、今旬のイケメン若手俳優たち」

「へぇ………」

「今季、恋人と見るのにこれ以上のものはないと噂になってるんだ」

タイトルからして逆ハーものなのに、恋人と見ていいんだ……。

「まさか、お前が女子中高生に大人気なケータイ小説家についてそこまで詳しいとは、知らなかったよ」

「クラスの女子にすすめられてさー」

「ほう………?」

青木君の声が低くなり、眼鏡が鈍く光る。

「違うよりおちゃん! 浮気じゃないからね」

「誰がそんな心配するか!」

慌てて青木君を上向かせ、視線を合わせる中島君。
キスまで10センチの距離で痴話喧嘩が始まった。

……なんだ。

青木君、ちゃっかり独占欲持ってるんですね。

ぎゃいぎゃいさわぐ青木君の顔を、中島君が自身の胸に押し付けたことで、おとなしくさせる。
しかし、そこで無抵抗な青木君ではない。
彼の両手は中島君の腰や太腿をガシガシ殴っている。

地味に痛いやつだ。

先に折れたのは中島君だった。

「ああもうっ! 恥ずかしいから言いたくなかったけど! 恋人とデート行くならどこがいいって、リサーチしただけだから!」

やけをおこしたが、一瞬で甘い顔になり。

「オレと一緒に行ってくれるよね、りおちゃん」

艶のある低めの声とともに、額に唇を落とされた青木君は真っ赤になった。

「別に、何も言ってないしっ……!」

青木君は中島君をぎゅっと抱きしめ、頭をぐりぐり押し付ける。

思わぬ反撃を食らった中島君は、一瞬固まった後、破顔し、頭頂部への頬擦りとキスを繰り返した。

「りおちゃん、かわいい」

「うるさいぃー」

イチャイチャしちゃって。

これ、外堀埋める必要ないでしょ。
二人の世界を作られて、部外者は居心地が悪い。

「というわけで、手始めにゆきちゃん、読んでみる?」

「……………ぇ?」

急に話しを振られ、言葉に詰まった。
なにが、というわけなんだろう。

でも『さち。』先生の本なら。

「…………私は、持ってますから」

「そうだったんだ。じゃ、アキちゃん読む?」

「はいっ、読みたいですっ」

アキ君は、ぱっと花が咲くように笑った。

「えへへー。楽しみだなー」

全身からわくわくが伝わってくる。
シュウ君も、顔を綻ばせてアキ君を見ていた。

他の皆も、微笑ましそうにアキ君を見ているのに、私はなんとも言えない複雑な感情で目を逸らした。




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