翻弄される男



――では、なかったみたい。


「ハアハアハア……」

「ひなの、大丈夫か?ごめん、ちと走りすぎた」

「ううん!そんな事、な、ないです……」

決して先輩のせいではありません!

運動不足のこの身体のせいです!


ごく普通のマンションの二階の角部屋の前。

恐ろしくあがった息を、ようや整えると、私はガチャリとドアを開けた。










そして気づく。



後ろには、私よりも水を被ったようにずぶ濡れの先輩。

おそるおそる視線を送ると、先輩は相も変わらず降り続ける星一つ見えない真っ暗な空を見上げながら、二階からの景色を見渡している。


先輩をこんな姿で帰せる筈がない。

だけど、中を覗き見れば、物取りにでも荒らされたのかと心配される程の、光景が待ち伏せているわけで……。




どうしよう……




「どうかした?」

「え!?」

「早く入った方がいい。じゃぁ、また明日。ちゃんと暖かくして寝ろよ?」

え!?あ、どうしよう行っちゃう!

「あ、あ、あの!せ、先輩は、その格好では……」

「ん?ああ、俺は男だし……。お疲れ」

あ。


気が付くと、咄嗟に私は先輩の服を掴んでいた。


「?……どうした?」


「せ、先輩!!と、と、泊まって行きませんか!?」


「……え?」


静かなマンションに、私の声が、鳴り響いた気がした……。





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