秘めた恋
俯きながら前に進むと、「こちらへ」と案内をされ、背の高い男性の隣に移動する。
先ほどの『歩く彫刻』の着ていたスーツに似ているとまじまじと見ていたら
スーツのボタンが一つ取れていることに気づき、まさしく『歩く彫刻』だったと
心の中はオッタマゲーではあったが
私は冷静さを保ちながら、みんなの前で自己紹介を始めた。

「本日からこちらに所属することになりました森 怜(もり れい)と申します。
商品開発に携わる仕事は初めてですので何かとご不便ご迷惑等お掛けするかとは思いますが
一生懸命頑張りますので何卒ご鞭撻の程宜しくお願い致します。」と深々と頭を下げた。

すると拍手が起こった。
すばらしいことを言ってのけてはみたものの、派遣社員として働く私がこんなこと言うのも
おこがましいのではないかと思った。
たかが派遣社員、何を偉そうにとみんな心の中で笑っているんじゃないかと
少し被害妄想になっていた。

「次は、古橋さん」と言って私の隣の男性、もとい『歩く彫刻』が自己紹介を始めた。

「本日から勤務することになりました古橋です。以前の会社では法務部に所属しておりました。」

え?法務部?

周りが一斉にざわついた。
なんで商品開発部に来たんだろうと疑問が浮かんだ。

挨拶を終えると今度はピンヒールの似合うすらっとした綺麗な女性が私の隣に立って
話をし始めた。

「商品開発部デザイングループの高梨美優と申します。新製品開発に向けて既にプロジェクトが
始まっていますのでお二人にはその仕事に携わって頂きます。」

「は、はぁ。」と思わず声を出してしまい、高梨さんに笑われてしまった。

彼女の少し濃いめの化粧が色っぽくて、オトナの女の妖艶さをあらわしていた。

高梨さんは少し屈んで私によろしくと言うと
今度は目線だけを古橋さんにずらし、彼にも上目遣いでよろしくと言った。
だけどその目からは、敵対心のような何かを秘めた鋭く冷たい眼光を放っているようにも見えた。

デキル女の余裕なのか。

古橋さんも「宜しくお願いします。」と言うとすぐ視線をずらし気まずい雰囲気をごまかしてる
ようにも思えた。

モテル男は大変だな。

するともう一人男性が高梨さんの隣に立った。
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