彼方の蒼
「行きなよ」
 後ろの出入り口のほうで声がした。堀芝サンだった。
 すぐそばにはマッキイと内山がいる。
 仲直りできたんだな……よかった。
 そう思ったのも束の間だった。
「自分ばっか逃げんな」
 堀芝サンは言った。

 らしくないくらい、手厳しい言葉。一瞬、教室内がシンとなった。
 近くにいた女子がどうしたのかと尋ねたけど、堀芝サンは返事をせず、僕を睨んだままだった。 
 内山とマッキイも、立っている位置は堀芝サン寄りだったけど、立場は他のクラスメイトと同じで、話が見えていない様子だった。

 堀芝サンの言葉は、僕のもとにまっすぐ届いた。
 たいして大きくもなく、個性的でもない声。
 けれども、決して嘘の混ざらない声。

『しろいとり』から帰る道中、カンちゃんと喋ったことを思いだす。


『堀芝はなんだかいつも戦っているよな』
『僕たちのことも、敵に見えているのかな』
『さあ。敵なら近づかないんじゃねーか?』
『堀芝サンは、敵にも近づくよ。なんでもない顔をして接近して、必要な情報をかき集めて去っていくスパイみたいだ』
『……ハルがそういうこと言うのって、珍しい。堀芝、嫌いか?』
『嫌いじゃないよ。ただ……友達相手に、あんなに無理することないのに、って思った。ああいうのは僕は嫌だ』
『ハルみたいに、思ったことストレートに言えないって』
『そうかな?』
『ああ』
『友達でも?』
『友達だからだろ』

 
 僕は堀芝サンとは違う。
 だけど今回だけは、堀芝サンのほうが正しい。気になることはすぐ聞くはずなのに、臆病になってた。
 僕と倉井先生しか知らないあの夜のことは、今もまだ秘密になっているはず。
 事情を飲み込んでいないのに、それでいて的確な助言をくれるあたり、やっぱり堀芝サンだ。

 昨日まで全く存在しなかった噂話。
 僕の知らないところで、少しずつ動いていたかもしれないという事実。
 驚きと恐怖と戸惑いと……それからかすかな期待。
 僕はきっと複雑な表情を浮かべているんだろう。ここに長居は無用だった。
 みんなが見ているなか、席を立った。倉井先生のもとへ向かった。
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