印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1974年1月30日 昼頃起きた。寒い。
 
香港来てからラーメンばっかり。
しかも楽しい飯は一回もねえ。

ヒッピーにも会わねえし、日本人の面白れえ奴も居ねえ。
まして、可愛いおねえちゃんなんか見たことねえ

こんなとこ、経由で充分、3日は長い、さっさと退却だ。

日本大使館行って荷物と手紙確認、何も無し。

バンコクで受け取った浜口からの手紙、公園で読み返す。

<立川の米軍ハウスで4人で住んでます。お前のために
借りたようなもんだ。いつでも来いよ。住めるぞ。
夜でも音出せるし・・>

うれしいね。 俺の社会復帰困難を見越して、こういう所を
段取ってくれたってわけだ。持つべきはダチ公だ。っひっひ


じゃ、エアサイアム行ってチケットの再確認でもするか。



受付に目つきの悪いおねえちゃんひとり。
眼鏡直して、俺のつま先から頭までなめて。
値踏みしてんじゃんねえぞ。

よお、リコンファーム頼むよ。
 
「チケット出して。パスポート出して。ここ置いて」

よくもそこまで、偉そうに無愛想に高飛車に高慢ちきに、
その汚ねえピジョン英語で、人の目もまともに見ねえで
言えるもんだな。ばかめ。

これがバンコクなら、冗談のひとつでも言いながら、 
お茶飲んで、いい天気ね 日本寒い?とかさ・・

「こっち向いて!」 

うるせえ!このやろ。てめえ何さまだ。軍隊じゃあるめえし、
何の権利があって・・・

「こっち見て!」 

パスポートの写真見ながら、俺の顔確認。

おい、俺りゃな、金払った客だぞ。
たかがチケットのリコンファームで、てめえに指図される覚えは

「OK!」 うっせえ! 何がOKだヴァキャロ
俺は全然OKじゃねえ、ばばあめ。

赤いマニキュアでチケット突っ返して、天井見て溜息ついてる。
よお、家で嫌なことでもあったか、彼氏にふられたか。 
それとも日本人嫌いか。

バイトか何だか知らねえけど、ピンクの口紅にブリキのブレス。
スカートに5本もボールペン挟みやがって。

てめえのせいで、二度と来たくねえ国になったぞ。


それにしてもバンコクで買ったこのチケット、間違いなく席は
確保してある・・うーん、間違えてくれてもいいんだけどよ。

・・日本に帰れず途方に暮れる。金は無い。そんでドンバ演って
有名になっちゃって、帰国の時はもうチャーター機かなんかで・・

よーっし、こうなったら有り金全部使っちまえ。

免税店エンポリウムに行ってヤケ買いだ。
まず親父と家に老酒2本30H$。烏龍茶2個3H$。
刺繍スリッパ3個3H$。

裏通り行って、レコード屋。ジョンのマインドゲーム20H$。
ポールのバンドオンザラン18H$。どうだこの野郎。
さあ、もう金ねえぞスッテンテンだ。


ホテル代と空港税は残したが、もう晩飯は食えねえ。 
っへっへ、だいじょぶよ。明日はエアーサイアムだ。 
飯くらい出るだろ。 出なくたって寝てりゃ羽田だ。

体調は良くねえ。アフガンの下痢地獄がひびいてる。

バンコクでまともな飯食って、少しは回復したけど、
たまに吐き気はするし炭酸類は飲めねえ。
ビールは飲めるけど。うっひっひ 

土産で荷物増えた。かさ張るもんは捨てよ。
もう着替えはいらねえ、ツンパもシャツも同室の日本人に
やるよって言ったら、嫌な顔しやがった。バッカメ 

俺と大阪の大将はツンパからなにからぜーんぶ共有した。
お前等、お坊ちゃん旅行やってろ。ばか 

イスタンのシャツとインドのズボンは自分の土産に。
あとはズタ袋の下に縫い付けた五百円札。
家まで電車120円、迎えに来てりゃ金は要らねえか。へへ

帰ったらもう2月だな。日本も寒い。
ま、一か月は何かと忙しいだろうから、3月からバイト
でもやってまたドンバかな。

家に世話んなるわけにゃいかねえから浜口の立川ハウス。
4月にゃ、そっちへ引っ越しだ。

2年前の3月24日ってえことは・・313日か。
日記は5冊になった。アッという間だったな。

ロンドンで1年、旅で約1年、凄い奴等と逢った。
こういう興奮と緊張感、日本じゃ無理だろな。
さあどうすっかな・・腹へったし、寝ちまうか。


1月31日 7時起きた。 
皆にバイバイしてチェックアウト。15H$のはずが、
12H$だって。計算できねえのか、安いのは文句ねえ。

こんだけ未練が残らねえ国も珍しいな。あーばよっ

9時、香港空港。高い空港税払ってだらだら税関抜けて、
ミニバスでエアサイアム機へ。
 
落ちるなよ。もう俺の最後のフライトなんだから。



11時、定時で飛んだ。やりゃできんじゃねえか。
よしっ、協定外だろうがなんだろうが飛べばOK。

あとは運だ。

空いてるな。こりゃ横んなって寝られる・・・
大将、仁枝さん、メリー、俺は帰国するぜ。
ティム、またバンコク来るからな。
バンコーのみんな、ロンドンのみんな、俺帰っちゃうよ。

ついに・・・俺、帰っちゃうよ。


・・・スチュワーデスが来た。タイ人だな。

「こんにちは。お食事は日本食ですか?」

おおーっ、これだ。 おねえちゃんの優しい口調。
その笑顔、目つき、手つきに、この匂い。
やっぱり、おねえちゃんはこうでなきゃ。

「日本食はお寿司、洋食はお肉かお魚よ」ニコッ

ぐわあー、ぜーんぶくれ。おまえと一緒に食いたい。
・・とは言えねえ。

じゃお魚で。

「お飲み物は?」ニコッ 

どわーっ、ここに座ってくれ、一緒に飲もうぜ。
・・とは言えねえ。

じゃウイスキーで。

カート押してくスチュワーデスの後ろ姿。うーん 
飯も魚もそこそこ旨い。まあ腹減ってるしな。
昨日の昼から食ってねえ。ひひ 

ウイスキー3杯飲んで・・・寝ちまった。


やかましい機長アナウンスで起こされた。
ああもう着いちゃうのか・・窓の外・・いい天気。


おっ、ぐおお!! あれはあれだ!富士山だ! 
フジヤマ富士だ。 山頂に雪、でかい ぐおお!

あーたまをくーもーのーうーえにだあしー
富士山、うーん富士山、日本だぞ!!うお!

なんか胸が苦しくなった。やっぱり日本人だな。

俺の生まれ故郷、甲斐の国の富士山。 
ガキの頃、毎日見てたあの富士山 う~ん

空から見たのは初めてだ。すげえ・・・すげえ。
たまらんたまらん、たまんねえ。

やばい、センチになっちまった。

おねえちゃん、ちょっとここに座ってくんねえか。
・・・とは言えねえ。ちっきしょう。

顔を手で囲んで窓ガラスにオデコつけて、グリグリ
こすりつけて頭の中で叫んだ。

“ただいま ちっきしょう ただいま。

俺、帰ってきちゃったぞお” 

あ~あ あー!




< 105 / 113 >

この作品をシェア

pagetop