印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1974年2月1日9時 目が開いた。真っ暗な個室。
ここどこよ? 木目の天井、カーテンに雨戸。

ああ・・・こりゃ俺の部屋だ。あ~日本帰ったんだっけ。

金も荷物も全部盗まれてスッテンテン、素っ裸で海岸で
叫んでた。<おおい!助けてくれええ!>
無人島で誰も来やしねえ。波と鳥だけ。

大声で叫んでるのに声が出ねえ・・・うー変な夢見た。

 
顔洗ってすっきりした。起きて鏡見るのも久しぶりだ。  

しかい、なんちゅう面だ。情けねえアホヅラじゃねえか。
目だけギラついて頭ぼさぼさ。 自分でやんなる。

「よく寝たわね」 

お袋は掃除、親父はもう工場で仕事してる。

「きょうはね、隣もみんな来て歓迎会よ。送別会やってくれた
人達呼ばなきゃいけないでしょ。きょうはちゃんとしなさいよ」 


ええ!なんだ、またきょうも歓迎会? 
きょうはちゃんとって・・昨日はなんだ。

日本の食パンはフワフワすぎる。ミディアム焼きのトーストに
あの紅茶とコーンフレーク。食いたい・・・

狭い庭で一服。まだ感覚は旅の一泊・・・でも実家だ。


親父の旋盤の回る音。履き古したサンダル。近所の屋根。 
でかい新聞。くっだらねえテレビ。こりゃまさに、ニッポンだ。

しかし寒い。 体はまだインドやバンコクの温度だ。
こんな生活、張りもスリルもねえ。

FENかけて寝ころぶ。

あの頃ここで夢みてたイギリス。ビートルズに会うんだって。
そんで、いざ行ったら変わっちまった。

旅は俺にとって大きかった。ヒッチも楽だったし、いつでも
どこへでも好き放題に旅した。大陸なんかドイツもこいつもねえ。
知らねえ間に違う国に入って、ヨーロッパひとつのを実感した。

そんで、色んな人に逢った。地元の人、世界中からのヒッピー、
見たこともねえ強者日本人、毎日毎日、小僧の価値観なんか
グルングルンに気持ちよく揺さぶられた。

それが今・・・



向こうから送った、手紙、日記、ポスター、写真、新聞切抜き、
コンサートチケット、テープ、ロンドンやNYから送ったのは
着いてたが、アフガンから送った写真雑貨はアウト。

もう2カ月以上経ってるしダメだな。
今頃、誰かの懐かアラビア海の底かな。ちきしょう損した。

香港で買ったレコード mind games forever。かけてみた。
っへええ、安くてもまともなレコードじゃんか。
しかし、なんかジョンも変わったな、確かに変わった。


・・・寝ちまった。起きたら2時。下行って新聞読む。
また赤軍がやってやがる。どっかで爆破したって。
 
俺みてえに真面目なヒッピーまで税関で変な目で見られたぞ。
ったく、えらいとばっちりだ。ばかやろめ。

天声人語に天気予報、社説、三面記事、政治。
いい記事はひとつもねえ。

石油がどうの、ベトナム戦争がどうの、いったいぜんたい、
日本どうなってんだ。たった2年でぐしゃぐしゃか。

しかし、漢字ひらがなもカタカナも、誰が発明したんだべ。
これじゃジンガイが尻込みしても無理はねえ。
話すのは何とかなっても読み書きは地獄だろ。 

きょう金曜か、世間は仕事だ。
じゃあ、した電話するか、皆に帰ったよって知らせなきゃ。 
火縄ライターも渡さなきゃな。


親父は、早めに仕事終わって風呂入ってる。
5時頃、寒い中をぞろぞろと客が来た。

「お帰り。よく帰ったね」

ああ、どもども。

「お母さん達、随分心配してたよ」

はいっ、へっへ。

隣から、おばあちゃんと叔母さん夫婦、従姉妹二人。
工場の従業員達。近所からも数人来た。

「ほんとによかったねえ」

おばあちゃんに続いて、みんながよかったよかったって・・・
俺は、ほんとは全然よくねえんだよ・・そりゃ言えねえけど。

日本で落ち着く時じゃねえ。南米もアフリカも行ってねえ、
北欧だってNY以外のアメリカだって・・・。

やりたいこと、行きたいとこ、山程あんだぜ。


親父「おい、お前乾杯するか」 

はい。照れくせえけど・・

きょうはどうもありがとございます。
昨日無事に帰ってきました。乾杯! 

おふくろは甲斐甲斐しく動き回り、親父は笑顔で酒。

「外国、どうだった?」・・・ええ

あのさ、あのね・・行ったことのねえお袋が、
「手紙でね・・ロンドンはね・・ニューヨークでね・・
インドじゃさ・・昨日はね・・」

ご近所付き合いってやつ。ひとしきり飲んで8時にお開き。

「あー、よかったわね。これで一安心ね」

きょうの主役は家だ。馬鹿息子が帰ってきて、ここの家も
よかったねって、ハンで押したような宴会であった。

感謝もするし嬉しいよ・・でもなんか居心地がよくねえのよ。
自分勝手? 違うんだよ、ちがうの・・


2月2日 帰国二日目、きょうは夢も見ず熟睡した。 
ちょっとは日本に慣れたか。

勝手に朝飯食って新聞見てテレビ見て。
ヒッピー仲間どうしてっかな、電話してみっか。 

仁枝さん「おお!無事帰ったか」
俺より先に帰国して豊橋の実家で親父の食堂手伝ってるって。 
切り替えが早いな。近いうちに東京に来るので再会を約す。
 
大阪の大将「よおー元気かー」
大将は半年ほど前に帰国してる。

「ヒッピー仲間集めて旅の本作とんのや。皆ここのマンション
に集まってきよる。 一緒にやらへんか」 
勿論だ、大将、やろうぜ。近いうちに大阪に行くことにした。

バンド仲間、泉「おお、帰ってきたのか」
奴はバンド辞めて千葉に居た。親父と商売してるって。
積もる話が一杯。再会を約す。

マーちゃん「おお帰ったの」バンドやってるけど大変みたい。
来週小杉で会うことにした。


よっし、天気もいいし出かけるか。
昼飯食って立川の浜口んとこへ行ってみる。

そういやあ、電車乗るのも帰国以来。切符の自動販売機なんて
知らなかった。 きょろきょろしながらお上りさんだ。

電車も変わったな。あの油臭え匂いがしない。
ん?日本人しか乗ってねえ・・・そりゃそうか・・。

みんな話もしねえで本読んで、赤ん坊だけがウエンウエン
泣いてる。気味悪いな。こんなもんだったか。


東京駅。
アムステルダム駅のパクリだってオランダ人に教わった。
ほんとだ。色まで似てる。四谷まで3年通った東京駅。
今はホームはコンクリの柱だらけになってた。

車内は暖房、暑くて吐きそうだ。四谷で降りてベンチでスーハー、 
中野でも降りてスーハーして、立川で乗り換えて東中神に着いた。

マンサラは毎日こんなか。大変だな。 


東中神。ここは結構田舎。川もある緑もあるし静かだし、
いいとこじゃん。平屋住宅が見えてきた、あれがそうか。

結構でかい2台分のガレージの横に網戸付きのドア。

こんちわ! 「おお、入れよ」小松が出てきた。
最近ここに来たって。 軽音の後輩連中3・4人住み着いてる。
小さいコンミューンみてえだ。

20畳以上の居間にピアノ、アンプ、ギター持ち込んでる。
テレビがないのは良い。個室3つに、でかいキッチンに洗濯物
乾すドライルームでも4畳はある。すげえ。

米軍家族が帰国した住宅を周旋屋が斡旋してるって、
いつからこんなのが流行なんだろ。 

夜、浜口も帰ってきて皆で飲んで騒いで。
顔も知らねえ初対面の後輩達が俺を覗き込んでる。

けっけ、俺りゃ宇宙人じゃねえぞ・・・っはっはっは



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