印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1972年7月10日 朝7時 

「ヘイ、ボーイ!邪魔だよ」

食堂の前の通路で寝てたら、掃除女に起こされた。

おお、着いたか。 甲板に出てみた。うーん。



これがハンブルグの港か。 よし、来たぞー!

天気はいいけど寒い。7月なのに革ジャンが脱げねえ。
ドイツの夏は日本の秋より寒い。


両替1ドルは3マルク、豪勢に50ドル分替えた。

駅のロッカーに荷物入れて、中央駅で地図もらって、
ハンブルグの街をぶらつく。

う~ん、ドイツ軍の雰囲気。灰色で真四角って感じ。

駅や店でも結構、英語は通じる。

屋台でジミヘンの海賊版買った。ミミに送ってやろ。


きょろきょろ歩いてたら日本人と会った。
同い年の男で、ヨーロッパ一人旅中だって。

ふたりで公園でソーセージとビールをやる。
さすがソーセージもビールも一味違う、旨い。



こいつもビートルズ好きだって。
じゃまず、トップテンクラブ行ってみっか。
 
昼でまだ閉まってたが、外観は新しくなっちゃって残念。
 
次はレーパーバーン、公娼地下街。
奴等も世話になったんだろ、俺も後学のため行ってみる。

真昼間っからショート400マルク。
海賊版1枚と同じ値段だ。日本もこうありたい。ひっひ


夜ユース行ったら満員、でも滑り込み。建物はドでかい。
でも、泊まり客のガラはあんまりよくねえな。
何語だかわからんのも居る、国際色豊かなドヤってとこ。

晩飯の後、地図を広げてヒッチルートを探す。

ドイツ人のハンスにヒッチ情報を聞き、アウトバーンに
鉛筆でルートを書き込む。

ドイツは意外とでかい。でも寒いぜ。
 
うーん、南へ下って暖かいギリシャへ行きてえ。
おお、ミュンヘンからアテネ行き列車がある。 

よし、ギリシャだ。ギリシャ行くべ。


次の日は小雨。 でも街に出てみた。

大通りで、いかにもヒッピーの兄ちゃんに聞いてみた。

ねえ、スタークラブってどこだか知ってる?
カイザルケラーってどこ? 

なんだ、誰も知らねえのか。情けねえな。
ビートルズが演ってた有名な店だぞ。

奴等のハンブルグ巡業の最後が62年頃だぜ、
まだ10年しか経ってねえのに忘れられたか。


屋台で230マルクでソーセージ食って、
コーラより安い60マルクのビール飲んで一服。
公園で絵葉書書いて昼寝したりでユースへ帰る。

次の日は、エロスセンターで小柄なラテン系と遊んで、
結局、ハンブルグは3泊した。まあまあ、面白かった。 

明日は移動だ。ギーリシャギリシャだ。
地中海の太陽浴びまくって、おねえちゃんと・・ヘヘ。


7月13日 きょうはなんとか晴れた。

ヒッチはイギリス並みに快調。

アウトバーンはすげえ。こいつ等制限速度ってねえのか。
幅百m以上の7車線を150k以上でバンバン飛ばす。

戦車道路だから無理もねえけど、これ以上だしたら
空飛んじまう。

昼前、やっと夏らしくなった。

森の木陰で一服してたら、ほとんどビキニの女が来た。
こりゃ勝てねえ、俺になんか停まるわけねえ。

どんどんハイカーが増え、もう20人以上。
黄色人種でも勝てそうな場所に移動する。

Tシャツいっちょうになって、アウトバーンを歩く。
車が通るたび風圧でよろける。


おっ、パトカーだ。 停まった。 なんだよ俺か?

「おいお前、ここ歩くのはダメだ。罰金だぞ。
ヒッチならパーキングかガススタンドでやれ」

へっ、偉そうに。どこの国もポリ公は同じだ。

しょうがねえ、また森まで戻ってヒッチの列に入る。

俺の番が来ねえ・・・1時間。
 
後ろについてた日本人が

「どこ行くの?南だったら一緒にしてくれ」

OK。 ふたりで交代でヒッチ。 

パン食ってビール飲んだら茶色のワーゲンが停まった。

「どこまで?」

どこでも南ならいいよ。

「OK、乗りな」
 
おっさんだけど英語はうまい。

途中、シンガポールの男も拾ってデュッセルドルフへ。

若い時、ヒッチでアフリカ行ったっておっさん。
2時間も乗っけてくれて、ダンケダンケ。

 
ちょっと街見てまたヒッチ。 夕方エッセンで泊り。

エッセンのユース。 
ドイツ語と英語ちゃんぽんのばばあが受付。

「夕食時間は終わったよ。自炊禁止、シャワーは無い、
1泊4マルク40ペニヒだよ 前金だ」

高いし狭いし情も無し、三拍子そろった。 あ~あ

屋台で飯食って寝たが、ガキがうるさくて眠れねえ。

うるせえこのガキゃ! 日本語で怒鳴ってやった。 
怒鳴る時は日本語に限る。
シーンとした。ざまあみろ。へへ

翌朝、毛布ガメてやった。野宿用だ。 あばよっと。



翌日1台目でケルンまで行った。

町には日本人いっぱい。 ガイド付きおきまり観光。
俺もばかでかい教会見て。 またヒッチる。

ビール飲んでたら公園でハンスと会って二人でヒッチ。

 
フランクフルトまで3台で着いた。

ユースは3マルク50。設備の割りにゃあまあまあ。

食堂に居た日本人の女の子に缶切り貸りて、どっから?

「世田谷よ」

そうじゃねえよ、ドイツとかスイスとかさ。

「先週日本からベルリンに着いて、1カ月ヨーロッパを
旅行するの、ヒッチもやるわよ」 

ほっほー、可愛いじゃん。飯食おうぜ、ビール奢るよ。


着る物はヒッピーだが、面はお嬢。
反対の女は多いけど、こいつあいける

しばらくこの女とヒッチるかな。グヒヒ。

ねえ、ギリシャとか行ってみない、どう?

「あしたは、ハイデルベルグの叔母さんとこ行くの」

へっ、そうなの? どこでも行きやがれ。
 
ハイデルベルグにおばさん? なんなんだよ。
ヒッピーでもなんでもねえじゃねえか。

こうなりゃひとりでギリシャ行ってやんぞ、っきしょう。


翌日、お嬢とせめてハイデルベルグまでは一緒にとヒッチ。

15分で止まった。 そんで1台でハイデルベルグ着。
早すぎるよ、きょうは快調に停まんなくてもいいのに。

日本の住所聞いた。彫金やってんだ、へえ じゃあな。
中央駅でさよならした。


俺も1泊するか、結構いい街だ。まだ昼だし見物するかな。

日本人4人と合流した。ケルンに住んでる学生だって。

お城、大学、ワイン倉庫行って、ニッカー川のほとりで
皆で飲んで騒いで遊んだ。健全な学生諸君である。



夕方、ハイデルベルグユース。結構いい雰囲気のユース。

川と星とビールとワイン。 皆で外のテラスで晩飯。
 
医者になりてえ奴、ダンサーの修行中、絵描き。
夢持って来てるね。
政治がどうのって・・そういう奴はダメ。もう寝よ。


翌日、アメ公と組んでヒッチ。

シュツッツガルトまで来た。 言いにくい地名だ。
古いいい街だが、なんか堅そう。

アメ公と別れて、公園で生卵飲んで一服。そういやあ、 
ユースでイギリス女に鬼みたいな顔で言われた・・・

「あなた卵飲むの?信じられない、野蛮人」だって

ばかめ。 でも、あれ以来、生卵は隠れて一人で飲む。
ひっひ。 こんな精のつくもんはねえのに。
日本出る時親父がくれたのも生卵だ。ざまあみろ。


しかし、車停まんねえ。 場所変えるか。

パーキングまで行ってヒッチる、1時間。

女ばっかり停まりやがる。 短パンにTシャツに色目だ。
5分で停まりやがる。運ちゃんはどこ立ててんだ、ったく。

パン食って一服。野宿はヤダヨ、まだ寒い。


停まった! しぶい中年。なんかやばそうだけど・・・。

物理の先生だって。 身なりはいいが、チョイあやしい。

150k以上でワーゲンビートルを飛ばす。

ドイツ語でなんか言いながら急に英語で、

「君さ、こういうのどう思う?」
 
座席の下から、モーホ雑誌とボディビルの写真だ。ったく。

どうもこうもねえ! てめえそれでも先生かよ。 
俺は全く興味ねえよ。

薄笑い浮かべやがって、葉巻吸いだした。

膝でもさわったら飛び降りてやるぞ。
・・・150kだ。 死ぬじゃねえか。

ラジオかけておとなしくなった。 眠ったらやられる。

眠気こらえて40分。 まだ俺の顔覗きこんでやがる。

おっさん、ここでいいよ。 スタンドで降りた。

ったく、モーホおやじめ。


さあ、ここはどこだ? メミンゲン? 

あの先生も、真人間になんなきゃいけねえ・・・あーあ。


< 22 / 113 >

この作品をシェア

pagetop