印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1972年8月12日。
アテネ港を出て、途中コーフっていう小さな港に寄って、
深夜の真っ暗な海を船が走る。

何も見えねえ。夜の船は気味が悪い。

金持ちの観光客さん、バカンスだっていい身分だ。

俺は寝る。下痢してる。


足音がうるせえと思ったら、もう朝8時。

デッキで寝袋から出ると潮臭え。べたべただ。
犬がうるさくて眠れなかった。

ロビーで只のコーヒーを飲む。腹は治った。

 
犬は居るしアベックは居るし、鶏が居て牧師も居る。
これで象でも乗せりゃ、ノアの箱舟だな。

昔、海賊が暴れたっていう島や海を抜けて、夕方5時
イタリアのブリンディシ港に着いた。

なんてこたあねえ町。でも一応リラに両替だけしよ。

金もねえし、ナポリもフィレンツエも見ねえで、
ローマ行って、16日はロンドン帰る。

さびれたブリンディシ港で、1カ月ぶりのヒッチ。
車は来ねえ。 ヒッチの勘が出ねえ。

やっと来たトラック捕まえて、鉄道駅まで行った。


寂れた田舎の駅、ここも一応イタリアか。

試しにスパゲティ食ってみっか。
安そうな食堂に入ると最悪。
麺は細い、値段は高い、皿だけでかい、愛想は悪い。

気取りやがって。おまけに水やパンまで金とりやがる。
ギリシャの方がよっぽど美味いし、水は只だし愛想はいい。

ブリンディシからローマまで、汽車賃5200リラ、
おまけに11時間も乗る。
高えし長えし、考えただけでいやんなる。

ガランとした駅の構内に、犬小屋みてえな売店がある。

煙草買った。前掛けした赤毛のばばあが、お釣りの代わりに
使い古しのマッチをよこしやがる。

おい、なんのまねだ!マッチはいらねえよ、お釣りよこせよ。

ばばあが、ガンとばしながら渋々お釣り出しやがった。
スキあらば騙してやろうって根性。イタ公ばばあめ。
両切り20本で200リラ。高えぞ。

イタリア、好きになれねえ。


夜9時20分。 ローマ行きの列車に乗り込んだ。

2等車の便所前の通路に、寝袋敷いて座る。

途中8駅停まった。アーミーは乗り込む、ガキはうるせえ。
学生は騒がしい。こんなんで11時間かよ・・・。

はす向かいの5人連れのおねえちゃんの一人、ちょい可愛い。

あっ、ウインクした。 うっへえ、女がナンパか。
お、今度は投げキッスだ。

そんで、バイバイの合図。次の駅で降りちゃった。 
あーあ、さすが軟派イタリア。からかわれたぜ。 


翌朝7時半、ローマ着。 さえねえ駅、でかいだけ。

昨日眠れなかったんで、駅前の公園でひと眠り。

芝生に横になったら、なんかやけにうるせえ。

人相のよくねえイタ公が5.6人寄ってきて、宿世話するとか、
ねえちゃんはどうだって、身振り手振りでいいやがる。

うるせえ! 俺は眠むいんだ ばかやろう

あーだめだ。もう寝てらんねえ。ユース行こ。


67番のバス停、やっとみつけて20分、ユース前で降りた。

うー腹減った。昨日の夕方からな~んにも食ってねえ。

ユースの入り口の庭で、日本人が将棋さしてる。
挨拶したが無視しやがった。

ばかやろう、将棋とハラペコ新着の俺とどっちが大事だ。
人情忘れた日本人、サイテーだ。


ロビーの階段下にリュック放り投げて、街に出る。

とりあえず安そうなレストランに入る。

肉と豆チップス食って、なんと1800リラ? 
馬鹿言ってんじゃねえぞ、ぼったくりじゃねえか。 
この貧乏ヒッピー相手に500がいいとこだろ。

ギリシャのとっつあんがいたら、てめえらぶちのめしてんぞ。

くっそイタ公め、と思ったが、俺は紳士だ。
金払って店を出た。 うー、ばっきやろー。


ユースに戻ったが、開くのは4時。
庭で寝て待つ日本人、アメ公、カナ公50人はいる。大繁盛。

そんで、4時になった。 

おやじがドア開けたとたんに、もみくちゃでみんなが
チェックイン。ユースカードなんか見やしねえ。

とりあえず部屋でシャワー。真水だ。

しかしローマの水、異常に冷たい。なんでだ? 
道傍の水道も、安食堂の水もやけに冷てえ。
地球の中心から吸い上げてんのか、ローマ帝国め。

洗濯して一服して、地下の食堂で一人で晩飯。

日本人が話しかけてくるけど、悪りいな興味ねえよ。
おとなしいアメ公のとこ行って、ハムの缶詰開けて、
ビール飲んだらもうアウト。

また下痢だし、8時に寝た。あ~あ


翌日、8時起き。いい天気。

散歩がてら市場で小ぶりのスイカ買って、道端で食ってたら、
日本人のにいちゃんが来た。

軽装だな、地元か?

「座っていいですか」

おお、座れよ、いい天気だな。
 
そいつの持ってるパン、リンゴ、オレンジ食いながら、
身の上話聞いてやった。 じょぼい話だ。

「俺、ローマのユ-スで荷物やられて橋の下で野宿してんだ。
日本からの送金待ちで、もう5日目だよ」 

ほお、そうか。がんばれよにいちゃん。
俺等はバカンスじゃねえ、人生経験だ。

自分から飛び込んでんだ、がんばれよ。
何でも起きるけど、どうにかなる。達者でな、ごちそさん。

奴に向かって、金盗まれるほうも悪いとは言えねえ。ひっひ


奴と別れ、人民広場のベンチでひと眠り。

ここは静かだし、いい風。 

って、気分よくしてたら、ポリ公が来て無理やり起こされた。 

理由はなんだ、寝ちゃいけねえのかよ。

ポリ公、手広げて顔ゆがめて大声で追っ払いやがる。 
節操のねえ税金泥棒め。 俺は払ってねえけど。へっ

しょうがねえ、帰ろ。

スーパーでパン4つ買って90リラ。 
パイナップルの缶詰とガムかっぱらってやった。

バスも只乗りでユースに帰った。
きのうのぼったくりの仇討だ。ざまーみろ


8月15日。 文字通りきょうはローマの休日。昇誕祭。

朝飯食ったがユースには居られねえし、10時頃散歩に出た。

 
前に金髪娘ひとり。 橋の上で地図広げてる。

ジーパンに白のTシャツ。清潔そうで、まじめそう。
汚ねえフラ公のヒッピーとは、一味違う。
 
暑いね、どこ行くの? 

こっち向いた 可愛いじゃん!

「特に行くとこないけど、どこ行こうか考えてたの」

おお、俺も同じだ。じゃ、一緒にぶらつこうぜ。

これでやっとローマの印象が少し良くなった。うへへ。



ミネソタのハイスクールに通ってる18歳だって。
卒業前の一人旅。インテリっぽいけど、なんせ可愛い。

ちっきしょう、あと3日早く会えてればな。

彼女は、俺の目みながらゆっくり話してくれる。
・・・俺に気がある・・かもしれねえ・・ひひ。

じゃあ俺もゆっくり口説こうと、いつもバッグに入れてる
手帳なんか出して、チャールズラムの詩を見せると興味津々。

彼女は文学少女。そんで自作の英語の詩をみせたら、なんと
書き写していい?って。 うおー。

なかなかアカデミックなデイトじゃん、OKOK。



ふたりでスパゲティー食って、トレビの泉行ってコイン投げて、
コロシアム行って手つないで、ずーっと一緒に居た。

ユース戻って、日本人アベックと俺等2組でワイン持って夕涼み。
公園散歩しながら音楽の事、宗教の事、人生の事、将来の夢を話す。

「卒業したら、なんか人の役に立つような仕事をしたいわ。」

そうか、俺はバンド屋だけど少しは人の役に立ってるかな。えへへ

「あら、音楽って素敵じゃない。誰でもできることじゃないわ」

俺等ふたりのまわりだけに、over the rainbowが流れる。

く~、イタリア来てよかったあー。



彼女は飽きない、話がうまい笑顔がいい。ミネソタの吉永小百合。
魅力的とはこういう女。これぞご縁だ、仏だ、巡り逢せだ。

初めてイタリアに感謝する。
君のお陰で最高のローマの休日になったぞ。 


8月16日。俺のロンドンまでの汽車切符はきょうの日付。

彼女と別れるのは名残惜しいけど、しょうがねえ。
残金16ドルしかねえし、もう一泊もできねえ。

これほど金がほしいと思ったことはねえ。
もう1日でも一緒に居たかった。


しかし、今度の旅は不思議だった。
ドイツでもギリシャでも帰り際に、いつもいい女が出てくる。


朝8時、ユースで一緒に朝飯食ってお別れ。
彼女と堅い握手でキス。じゃあね、ロンドンに遊びに来いよ。
 
ひとりでユース出てローマの駅に行った。

あーあ、また後ろ髪だあ。


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