印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」

ローマからロンドンへ鈍行列車

1972年8月16日。いい天気だが寂しい。

彼女と別れて、ひとりローマの駅前でピザ食って、
スーパーでバナナ、リンゴ、水とパン買ったら、
残り11ドル。 ギリギリだ。

まあ、乗っちまえばこっちのもんだ。

さあ、バウチャーを換えなきゃな。

しかし、ほんとこれはめんどくせえ。
最初からチケット売れば、なんのこたあねえのに、
いちいち、このバウチャーってやつで引き換えなきゃ
いけねえ。 ヨーロッパの悪い癖だ。ったく

ところでアセンブリープレイスってどこだ?
バウチャーにはバーの前だとしか書いてねえ、適当だ。


インフォメーション行って おねえちゃんに聞いた。

「どらどら、ああここね、駅の一番端っこにあるわ」

お、グラッチェ。 駅を横切って端っこまで行く。

どこよ? バーなんかねえじゃん。
ったく適当に言いやがったな、イタリア女め。

今度は駅員に道聞いて、ツーリストポリスへ行く。
 
「バウチャー交換所? 知らねえな。ところでお前 
草とか薬とか持ってないか」 

おい、ポリ公、ばかやろ。
ヤク持ってますって、ポリ公んとこ来るバカいるかよ。
 
どこにあんだよ、アセンブリープレイスってよ。ったく
役立たずの、ノータリンの税金泥棒め。
おっ、得意の両手広げて肩すぼめてか。
やってろ、ばかめ。


しょうがねえ、通りすがりのアメ公に聞く。

あのー、バウチャー交換所って知ってる?

「知らねえ。それより俺の荷物知らねえか、盗まれた」

知らねえよ、顔色悪いぞ。


しょうがねえな、どうすっかな。

あ、真面目そうな日本人観光客がつっ立ってる。 

ねえ、この交換所知ってますか?

「いや、それ何ですか?」

これさ、バウチャーっていって、切符の交換券なのよ。 
ギリシャで買ったんだけど、切符と交換しねえと列車に
乗れねえのよ。そんで、アセンブリープレイスを探してんだ。

「ええ!じゃあ大変じゃないすか、見つからないんですか。 
俺ヒマだし一緒に捜しましょうよ」 

おお、悪りいね。
でも、観光案内もポリ公も知らねえってさ。

「じゃあ、駅で聞いたら?」

おお、あったまいいね。
そういやあそうだよな、列車のことは駅で聞くのが一番だ。

二人で駅まで戻り、コンダクターインフォメイションへ。

聞いたけど、言葉が通じねえ。
お前等、国際駅で英語くらい喋れねえのか。
天下のローマだろ。英語やる奴出せ、早く!

制服の違う、偉いのが出てきた。イタ公英語で言った。

「それどこで買ったの?」

なにい? ここに書いてあんだろう! 
アテネのスチューデントオフィスで買ったんだよ、
電話するか? 領収書もあるぞ。

「ああわかった。でも交換所は無いよ」 

うるせえ! こっちは急いでんだ。もうここで交換してくれ。
ほらっ! 切符くれよ。

また肩すぼめて、両手ひろげて「ノー」だ。 ばかめ。


11時だ。 あと30分で発車する。

10ドルじゃローマにも居らんねえ・・おお大使館だ。

国分君、日本大使館の電話知ってる?

「ああ、多分これに載ってると思うよ」 

おお、さすが。 困った時の旅のメモ帳。
 
よーし「もしもし、あ、もしもし・・」 話し中かよ。 
「もしもしもしもし・・」ダメだわ。番号違うか変わったか。


あわてて死んだ奴がいるって、親父の口癖だ。
よし、一服しよう。

「余裕ですね。 旅慣れてんですね」

そうじゃねえ、でもどうしようもねえ。
・・・もうこのまま乗り込む!

「えッ、だいじょぶですか?切符じゃないんでしょ」

そう、切符ではない。だけど俺はこれに金を払った。
発行者も書いてあるだろ。 領収書も持ってる。 
ってえことは、権利はあるだろ な? 

「まあ そうですね」 

面倒かけちゃったね。 またどっかで会おうぜ。
 

ロンドン行き列車に乗ると、すぐに検札が来た。
 
イタ公だ。 バウチャー見せてもなんにも言わねえ。
なんだ、こいつ等英語読めねえ。問題ねえじゃん。

そんで夕方5時、別の車掌が来た。

はいよ! って見せたら

「これは切符じゃない、NO」
 
わかったよ。でもこういう事情なんだよ、聞いてくれ。

バウチャー交換所の場所が書いてある所に、なかった。
警察でも聞いたが、誰も知らねえ。 
そんで出発の時間になっちゃった。こういうわけだ。

うん?またか。
お前等得意の肩すぼめポーズか。ばっきやろ

今度は別の年配車掌が来て、パスポート見せろって。

おい、ほら集まってきたじゃねえか、ばばあ達が。

こそこそ話してやがる。俺は犯人じゃねえぞ。

「次の駅に連絡しておくから、そこで駅長に話せ」 

次の駅? 降りろ? 冗談じゃねえぞ。

車掌が両手広げて「困った日本人だ」とかほざきながら
居なくなった。

くそ、勝手にしろ。俺は降りねえぞ。
ジロジロ見るな。ばか。


最後のパン食って寝袋に入った。

夜中12時。ミラノで無理やり降ろされた。

駅員が走って来た。俺は逃亡者じゃねえぞ。
部屋に連れてかれた。 若い駅長に訳を話すと、

「そりゃ可哀そうだな。イタリアと日本は友達だ」

おい、俺はお前と友達してるヒマはねえんだ。
正当な権利を持ってる、ただの乗客だ。

まあ同情してくれたんで、ひと息いれるかって、
話してるうちに列車が出ちまった。

おい、どうしてくれんだ。出ちまったぞ!

車掌が、次の列車のコンダクターに訳を話し、パスポートと
バウチャーを車掌に預け、イタリアだけは通過できるように
段どってくれた。

そんで、次のオステンド行きに乗り込んだ。
まあ、とりあえずグラッチェだアミーゴ。


夜中2時。 スイス国境でスイス軍隊が乗って来た。
 
イタ公のコンダクターが理由を説明してる。

軍隊野郎が言った

「スイス出るまではOKだ」 

おお、よかった。 でもフランスは?

「フランスは知らない。君は金を払ってあるから訳を話せ。
君は問題ない。 そうだろ?」

そうよ、そのとおりだ。俺が悪いんじゃねえ。

腹へった、何か食いてえ、金がねえ・・・寝るか。


翌朝10時。 
人の良さそうなイタ公じじいが、隣の席にきて話しかけてくる。

イタリア語さっぱりわかんねえ。

じいさん、俺はさあ、腹ペコなのよ。だから寝るのよって、 
ジェスチャーで言った。

じいさん、ウノモメントって席をたったと思ったら、なんと
リンゴとパンとハムとジュース抱えて戻ってきて、食えって。

うー、モルトグラッチェだ、ムーチョムーチョ。
美味い、うめえ、最高だよ。 グラッチェありがと。

70位か、じいさんありがとさん。
五円玉やったら、皺だらけで笑った。どこにもいい奴は居る。

ミラノ越して急に寒くなった。
8月だってえのに、皮ジャン出して寝袋入って寝た。
くー、さみいよー。


8月17日。 夜中にフランス入ったらしい。
車掌の声が聞こえたが、寝袋被ってシカト。
っひっひ、これでフランス通過したぞ。

朝9時、ベルギーに入った。 

ブリュッセル中央駅で、また車掌が来た。
バウチャー見せたら「ノー」

また同じ説明して頼んだ、拝んだ。

車掌、怒鳴った。「俺と一緒にオステンドで降りろ」

あー、最悪。 もう、どうにでもなりやがれ。
 

オステンドの駅長室に連れてかれて、

「ベルギー国境からここまでの汽車賃を払え」

なんだとこのやろう! 冗談じゃねえぞ。
ロンドンまで払ってあるじゃねえか!! 領収証見てみろ。

金は10ドルしかねえよ、ほらこの通りだ。
机の上に全部出した。泣き落したが10ドル払わされた。

鬼め、悪魔め、もう無一文だぞ。


それから、駅長がベルギーの日本大使館に電話して、
ロンドンのスチューデントオフィスに電話して、
おまけにロンドンの下宿先まで電話して、

「大使館からの電話待ちだ。ここで待ちなさい」
 
駅長室に缶詰、1時間。 犯人扱いだ。

「大使館から電話が来た。ドーバーまでの船に乗せてやる。
こういうことに備えて、金は少し余分に持っていなさい」

なにい! こりゃ俺のせいじゃねえぞ、
偉そうに言うなら金返せ、このやろ。
 

さらに、ロンドンのスチューデントオフィスに打ったテレックス
の返事がこねえって、また4時まで待たされた。

あーあ、いい旅だったのによお、最悪のケツじゃねえか。


3時間も待たされ、また無愛想な駅長が入って来やがった。

「15日以内に、ベルギー国境からオステンドまでとドーバー
までのフェリー代をロンドンで払え」

ばかやろ・・・もうなんでもいいから解放してくれ。

証書まで書かされて、フェリーに乗せられた。
もう、金はびた一文もねえ。
 

夜8時、ドーバーに着いた。腹減った。

フェリーで、あんちゃん二人組に訳話して頼みこんだ。

彼等にエレファントストリートまで乗せてもらい、
サンドイッチとコーヒー奢ってもらった。
おまけに、バス代だって40ペンス恵んでもらい救われた。

おお、ありがと、あんちゃん。恩にきるよ。


夜12時半、最終バスでビクトリア駅にたどり着いた。

やっとロンドン帰って来た。 もうこっちのもんだ。

荷物通路の横にリュックを置いて一服。あ~疲れた。 
ドイツもギリシャも最高だったのに、最後が最悪だった。

それにしても腹立つ、バウチャーめ。
明日、スチューデントオフィスに怒鳴りこんでやるぞ。
慰謝料百万くらいとってやっか。ばっきゃろめ。

まあ、勝手知ったるロンドン、ビクトリアだ。

あ~、始発まで寝よ。

・・・「おおいい! ヨーシー!」

えっ、なに? 駅の天井に響く、どっかで聞いた声。

起きた、見えた! えええ! そうなの?!
うっそだろ!こっちへ走ってくる、うわああ!

お~い! お~い! さくたく~ん、スキャントー!

「おお!ヨシ生きてたな。 心配したよ、まったく。」

いやあ、ありがとありがと。

「大使館から下宿に電話きてさ、お前のトラブルを聞いた。
オステンドでもめて、8時にドーバーだって聞いて、
多分今夜着くんじゃないかと思ってさ、皆で来てみたのよ」

「そうだよ、10時から待ってたんだよ」 

「ヨシ! 帰ってこれたね よかったね」 

「心配したよ」

くーっ、ありがと。 みんな、ありがとほんとありがと。

持つべきものは友達だな、金じゃねえ。


みんなでタクシーでストレッサムの下宿に帰り、作田君が
熱い紅茶とケーキを出してくれた。

そうっとシャワー浴びて、夜中2時。

汗も涙も流して、寝かせて頂きました。

本当に、ありがとございました。




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