印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1972年9月4日。
はしゃいだ夏が終わって、公園にはハトが群がり、
日記帳も秋、メリーは帰った。

下宿人は学校始まるし、肌寒くなるし金は無くなる。
なんかブルーだ。

心機一転してえ。・・・よしっ、アパートだ。
この際、下宿出てアパート暮らしやっちゃおう。



リージェントでアパート暮らししてる金田に電話。
 
おい、ちょっとヘルプしてくれ、アパート探すんだ。

「OKいいよ、ヒマだしな。飯おごれよ」

二人でアールズコートに行って、フラットボードで探す。

外人OKの所、5件電話して市内の2件に目星。
エージェンシーに行って部屋を見せてもらう。

1軒目は、ホランダパーク駅から2分。
20畳以上、6人は住めるデカい部屋。

3階建ての2階、出窓があってロミオが来そうな庭がある。
豪華なキッチン・トイレ・バスルームもある。
でも週11ポンドは高けえ。
 
次は、12畳くらいで机ソファテーブルは付いてるけど、
キッチン・トイレ・シャワーは隣の部屋と共同。

シャワーは電話ボックスくらいで、お湯は5ペンス。
週6ポンドだけど、ベッドもうひとつ入れると
ひとり4ポンドだって? どういう計算だ。

でも、ミミが来ても住む所なきゃな。
下宿じゃ無理だし、ここに決めるかな。
まずはこのくらいで上等だろ。

シェファーズブッシュのこの部屋に決めた。

礼金だ保証人だってうるせえ事は無い。
保証金5ポンド払って、17日から入居で決まり。

金田ありがとな、遊びに来いよ。


9月17日(日)下宿をさよならする。

ミセスケンと玄関で抱擁してキス。

下宿のみんなにもさよならして、クマと作田君に
手伝ってもらって引っ越し。
といってもリュックにダンボール箱ふたつ。

たいした荷物もねえけど、一応独立だぜ。


バスでノッティングヒルゲイトで降りて歩いて5分。
ブレナムクレス通りの33番地。

太目のばばあがアパートの前に突っ立てる。
こいつが大家だな、アラブかな。
口紅真っ赤、指も真っ赤なエナメル入れてサリー巻いて

「ここはとてもいいでしょ、若い人には最高よ。
ソファは王朝風で・・」 

おい、おばちゃんよ、王朝風は言い過ぎだろ。
剣と楯の柄ってだけじゃん。

まあいい、今更部屋の自慢はいらねえ、心配すんなよ、 
金はちゃんと払うよ。 

サインして鍵もらって完了。


作田君「いいねコバちゃん、自分の城だね。
俺もそのうちアパート住みたいけどな」

太田君「ロンドンの下町って感じだな。皆知ったら
集まって来てアジトになっちゃうな」 

そうだな、ひっひっひ。やったな、やったぜ。

皆どうもありがとね。 これでなんとか住めるわ。


荷物置いて、四人でスティルスバンドを観に行く。

メリーと来る予定だったのにな・・あぁあ。
スティーブンスティルス、秋に似合う生ギターの音だった。

ピカデリーで中華食って、作田君と太田君は帰った。

俺とクマはアパートへ帰ることにして、こんどは
地下鉄のノッティングヒルで降りてみた。

パン屋にジーパン屋に骨董屋にサッカーくじ屋。
意外と便利そうだ。



隣部屋は、若い娘の一人暮らし。
キッチンで見たが、痩せこけて国籍不明で気味が悪い。

クマはパリへ発つまでこのアパートに泊る予定。
奴は床に寝袋で寝た。
悪りいな、居候だもんしょうがねえか。
おやすみzzzz。


翌朝、天気いいし、クマとアパートの廻りを散策した。

ポルトベロマーケットがすぐ近くにあった。
ラッドブロークグローブって舌噛みそうな地下鉄駅も近い。

通りには怪しげな草屋もある。古びた店やヒッピーも多い。
  
夕方、パディントンの質屋に行く。
奴が安もんの時計を9£50で売った。さすが世界のセイコー。

パリの旅費の足しにするはずが、2ポンドは草に消えた。
夜はラリパッパで送別会。

金曜にクマをパリに送りだして、ひとりになった。


家や旅で会った奴らに、引っ越し先を知らせる手紙を書く。

アメリカのアンにも、NY行くよって書いた。
浜口にもミミにも書いて写真も送った。
勿論、ミネソタにも書いた。

ジーパンの破れを縫ったり、米袋でパスポート入れを作ったり。
音楽新聞の切り抜きをファイルにしたり、即席ラーメン作って
日本茶を飲む。ちょっと侘しい。
 

そんなある日、F&Cにビールでひとり晩飯食ってたら、
白井が来た。俺の後に下宿に入ったボンボンだ。

「作田君に聞いてやっと探したんや。来週ロスに行くまで
2.3日泊めてくれへんか」

おお、いいよ。丁度話し相手がいなかったとこだ。
じゃ飯でも食いに行くか。

「いや、俺はこれ食う」って俺のラーメン食って、
英語の勉強だってラジオ聞いてやがる。

おい!ここは旅館じゃねえよ。勝手にやりてえなら出てけよ。

「・・・ほんなら、今日だけ泊めてくれ」 


翌朝、奴を追い出してバイバイ。
俺はミセスケンのところに手紙を取りに行った。

そんで、午後にアパートへ帰ったら、白井が居やがる。

おい! なにやってんだ。

隣の女とキッチンで話してやがる。

「いやあ、行くとこなくて・・」 

ばかやろう、てめえロス行くんじゃねえのか!
嘘こきやがったのか!

ここでウロウロして、二人分払えって言われたら払えんのかよ。

お前とはもう縁切りだ。とっとと帰れ。
今度俺に黙ってここに来たら、ぶっとばす、いいなこの野郎! 

4ヶ月前、留学生として日本から出てきたぼんぼん。
元下宿仲間だしムゲにできねえと思って、甘い顔しすぎた。
留学終わって、何があったか知らねえが、なりさがったな。

俺も勝手にやりてえほうだが、ここは自分の金で手に入れた。
そこに、乗かってやろうって根性。
いくら仲間でも、ちったあ仁義なきゃな。 ばかやろうだ。


翌週、ひょっこり黒田が来た。

おお!よくわかったな。

「アールズコートでお前の場所聞いたんだ。悪りいな。
ユース出て日本人とアパートシェアすることになったんだ。
それまで2日だけ泊めてくれよ」

OKいいよいいよ。 お前ならOKだ。
ポルトベロの屋台でF&Cとビールで乾杯。

翌朝、大家が家賃の集金に来て、黒田が寝袋で寝てるのを
見つけた。 なんか言う前に先手を打ってやった。

こいつは俺の友達だ、昨日飲みすぎて寝た。
だから、住んでるわけじゃねえよ。ほら今週の6ポンドだ。

なんか言いたそうな顔したが、金持ってすぐ帰った。
ミミがきたら二人分で契約してやるからよ。へっへ


日曜、大田君がはじめを連れて遊びに来た。

はじめはタイに住んでるが、タイとロンドン行き来して
留学って名目で遊んでる、18歳、バンド大好き。

ギター持って来たんで、久しぶりに演る。
it’s only love いい曲。
昔取った杵柄、きょうも打った篠塚だ。っひっひ楽しいね。

「昼飯驕りますよ」

クロちゃん、気い使うなよ。
悪りいな、じゃゴチになっちゃうか。これが仁義だな。
 
皆でポルトベロ行って、フィッシュ&チップスとビールと、
チーズ買って、スパゲティー茹でて缶詰のいわし混ぜて、
ちょっと贅沢、豪華パーティー。

うんうん、こりゃなかなか美味いじゃん。


「ロンドンでバンドやらないんですか?」 

へへ、俺の腕じゃムリよ。 今は観るだけ観る。
だってチケットは日本の三分の一以下だもんな。

「ほんと安いよね。今度のオーバルコンサート、チケット
買っておいたよ。はじめのも入れて5枚。」

ああ、太田君すいません、ありがとございます。

「ELP、イエスにジェネシス、Wアッシュとかすごいよ」

豪華だな。日本じゃ何万もするよな、2ポンドじゃ無理。
 
じゃあみんなで行きましょ。 金曜楽しみだね。


オーバルのクリケットグラウンドロックフェス。

楽しみじゃん。






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