印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1972年3月26日 曇り 

ナホトカ漁港からインチキバスに乗って1時間。

「休憩!」

勝手にしろ、何の休憩だかわかりゃしねえ。


ここは納屋か? 電気ぐらい点けろよ、貧乏くせえ。
帽子に新聞、ジャムに長靴、絵葉書に缶詰。 何屋だ?

メニューは無いよ、あるもんを食いなって。

でも俺等、ナホトカに着いたばっかでソ連の金持ってねえよ。
米ドルOK? あっそう。しょうがねえ、腹にゃ勝てねえ。

じゃあ、そのお握りのお化けみてえな黒いパンとなんかの
から揚げみたいなの下さいな。
 
飲みもんは? こりゃ渡辺のジュースの素じゃねえか。

1ドル出して、お釣りはルーブル?一体いくらなんだ、
騙してねえか?おばちゃんよ。

・・何も言わねえ。俺の顔、睨みつけてやがる。こりゃダメだ。

そんで、この木のベンチで食うのか・・キャンプだな。

おばちゃん寒くねえか、前掛けの下は半袖じゃん。
暖房入ってるわけじゃねえし・・・ああ、脂肪暖房か。

しかし笑顔がまったくないね、顔まで殺風景だ。


今度は金髪短髪あんちゃんが、ポケット手で近づいてきた。
どっから出てきたの? 顔色悪いよ、栄養失調か。

何もねえぞ、何もやらねえよ。 俺はな、柔道初段だ。

あ~? 何だよその手は、狐か? 影絵か手話か?

ああ、タバコかよ。

タバコは、買って吸うもんじゃねえのか、ったく。
なんで見ず知らずの、人相の悪いお前に俺の貴重な煙草を
・・・しょうがねえ、やるよ、ほら。

ばかやろ!1本だけだ。 箱ごと取るんじゃねえ。 

マッチもライターもねえのか、ったく。
普段どうしてんだよ、火打ち石か。

ほら、貸してやるよ。

おい、その百円ライターはな、お前がいくら眺めたって、
作れねえよ。早く返せ、やらねえぞ。

・・・おお、吸ったなあ。 フィルターまで焦げてんぞ。

よう、ちょっと待てよ、にいちゃん! 
人から物もらったらさ、ありがとくらい言うもんだ。

ムショ帰りみてえに、旨そうに吸っといて、
俺睨みつけてどうすんだ。

「うんうん」じゃねえよ、ばか。

物もらっといてガンとばす奴が、どこにいんだよ!


「出発!」

何が出発だ、勝手にしろ。ぐずぐずしねえで早く出ろ!


アホなバスの旅はさらに続き、夕方6時過ぎ。

やーっとナホトカ鉄道駅に着いた。

なんにも進んでねえ、時間の無駄。
 
朝から晩までバスに乗せられて、みんなフラフラだ。

アホダラビッチさんよ、どこ行くか何すんのか先に言え。


「ЖBKXФ&%!」 

なにー! うるせえ、日本語で言え!

「チケット ハチーサンゴー」

やりゃあできるじゃねえか・・・ったく

やーっと列車乗れるか・・・あ~あ。


車掌だか兵隊だかわかんねえ奴が、何か配り始めた。

この茶色のぐしゃぐしゃの、わら半紙の切れ端みたいのが、
ハバロフスク行きの、列車のチケットですか? 
これ、使いまわしじゃないよね、ゴミじゃないよね。

じゃあ待つよ、吹きっさらしのここでさ。
雪降りそうだね、楽しいね。

遭難しそうだね。 ところで走るの? 燃料はあるの? 


「Ж%NH#Kя!」

今度はなんだってんだ。 乗り込め? 

8時35分出発じゃねえのか。まだ7時だぜ。

ったく、時間関係ねえのかよ、むちゃくちゃだ。 


「ЖФHKя!」 

だからうるせえ、怒鳴らなくていい。

とにかくここを離れたいの、俺はヨーロッパに行くのよ。
ここはただ通過なの、ツーカ。静かに通らせてよ、頼むよ。


「#”)”’&!!」

はいはい、一列に並びますよ。プラットホームなんか無いよね。

西部劇の護送列車並みのハバロフスク行きに乗り込んだ。


狭い通路を歩いて、自分の番号の部屋に入る。へええ
これが例の、コンパートメントってやつか。

三人づつ向かい合わせの六人掛け。中央線のほうが広い。

よーし行け!出発時間なんか、関係ねえ、気が向きゃ出発だ。


走った! なんと快適、揺れねえ。

・・・そりゃそうだ、船じゃねえ、線路だもんな。 

日本人、アメ公、カナ公。コック、舞踏家、絵描き。
北欧行く奴、アフリカ目指す奴、世界一周する奴。
色んな国の色んな奴等が乗ってる。

俺さ、ビートルズに会いに行くんだ、へへ。

・・・皆、笑いやがった。



窓の外は白樺林・・・家もない、人もいない、何も見えない。
夜目にも白いシラカーバーバーヤシー。

こんなところで育ったら、愛想のねえ人間になるな。


モンペに前掛けの、車内販売のおばさんが来た。

おせんにキャラメル、お茶に弁当ってわけにはいかねえ。
売るのは例の、黒パンだけ。

ガンとばしながら、無言で物を売るクロパンスキーめ。

ナホトカでお釣りでもらったルーブル札を出したら、
さっとひったくって、黒パンと硬貨を出した。
そんで、俺を睨みつけてやがる。

これがお釣りですか?
この、小指の爪みたいな、汚たねえ金物が、お金ですか。

ありがとうござ~ますとか何とか言えねえのか。ばか。


今度は、復員軍人風の車掌もどきが「食堂車」の紙を見せて
入ってきた。福笑いみたいな漢字。こりゃ日本人の手じゃねえ。

無言で後ろの車両を指さして、紙を指さすこと三回。 

それだけやりに来たのか・・・ごくろうさんだ。

俺りゃ行かねえよ。くだらねえ。
こんなとこで使うために苦労して金貯めたんじゃねえ。

それでも、隣部屋の日本人の娘はカナダ人のおばさんと、
食堂車に行ってくるわって。

可哀そうに。どうせろくなもん出しゃあしねえぞ。


まあ後学のために、一応聞いとくか。

そんでさあ、食堂車どうだったの?

ええ、初めて本場のボルシチって食べたわ、もう感激よ! 
すっごくおいしかったわよ、白いパンもあるわよ!

お肉もミルクもすっごくおいしいし、日本円にして千円くらいよ。
安くておいしいし、もう最高。
シベリア鉄道の食堂車、やっぱりすてきよね、感激よ!

はは~ん、そいつはよかったね。

ボルシチ? そりゃ、捕り物帖かなんかですか。
パンは白くて当たり前、お肉も牛乳も日本が一番。

本場だとかシベリアだとか食堂車だとか、そんな響きに
惑わされちゃあいけねえよ。
 
飯は安心して笑いながら食うのが、一番うめえんだ。

千円ていやあ3日分だぞ・・・金持ち娘め。


「休憩!」 無人駅に1時間も停まりやがった。

誰が何の為に休憩してんだ。わけわかんねえ、もう寝ちまおう。

形だけの寝台車。 毛布はチクチク米袋、枕なんか無い。
こういう時、お袋手製のユースの袋シーツが役に立った。
おっかさん、ありがとね。 

無理やり眠った。


3月27日、朝7時。 雨だ。まだ続いてる白樺林。

1日乗って、景色の変わらねえ国って、なんなんだ。

コーヒー買って、昨日の残りの黒パンかじって朝飯。
ヨーロッパ着く頃は腹ん中真っ黒だ。へへ

彫金やってるっていうおねえちゃんと、話がはずんだ。
女一人旅、がんばるね。日本の住所聞いといた。また会おうぜ。


昼12時 や~っと、ハバロフスク着。
さあ、とっとと降りようぜ。

半日以上も列車に乗りまくって、けつ痛い。

ハバロフスクは少しはまともかと思ったら、甘くなかった。
ただの田舎のバス停だ。のどかなだけで、なーんにもねえ。

バスで空港? もう、勝手にしやがれ。


1時間でハバロフスク空港着。

ここもなんにもねえ、ただの空き地、野っ原。

軍用機が2.3機停まってる。

子供等が寄ってくる。買えか?くれか?・・・くれだ。
 
手も爪も真っ黒。ガムくれボールペンくれタバコくれ。
小学2,3年の坊主が・・・ほんと貧しいな、淋しいな。

親父は飲むとよく戦争の話をしてたが、
ここはまだ戦時中だよ、親父。すげえとこに来ちゃったよ。


兵隊が二人、大声でなんか叫んで警棒で向こうを指す。

「自分の荷物を残らず全部持て!」

「一列に並べ!」

「パスポートとチケット出せ!」 

何回チェックすりゃ気がすむんだ。悪いけどお客さんだよ俺等。


「あそこの道に置いてある、体重計に乗れえ!」 

兵隊が、棒で俺の靴の横をたたいて泥を落とした。

おい! モカシンの新品だぞ、そお~っとやれ、ばか。


服着たまんま風呂屋の体重計に乗るとは、情けねえ。

針が揺れて止まった。 リュックも入れて、74kg。

兵隊が覗き込んで、重さを記録する。
 
乗り込む奴全員の重量を計り終わって、足し算が始まった。
くわえ煙草で、ちびった鉛筆舐めながら・・・。

30分経った。 何やってんだバカめ、日が暮れるぞ。

他の兵隊も来て、みんなで寄ってたかって足し算だ。

そんで、飛ぶか飛ばねえか考える。

「まあ、ちょっと重いけど飛んじゃうか、ヘヘ」 

くわえタバコでニヤニヤしやがって。
お前等、ちゃんと計算できたのかよ。

落ちたら化けて出てやるからな、ったく無茶苦茶だ。


午後3時。 タラップは無い、飛行機まで歩って行く。

ケツから乗り込み? エアロフロートって軍用機か。

パラシュートくれ、遺書も書くぞ、ちっきしょうめ。

でもモスクワはちょっとはましだよな、なんたってあの
ロシアより愛を込めてだもんね・・・。


機内放送 「モスクワ時差7時間 時計を遅らせろ!」

国内で7時間時差のある国ってなんなんだ、あーあ。

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