印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」

さらばじゃロンドン

1972年10月20日 晴 

ストレッサムに行く。ミセスケンは奥のキッチンに居た。 

ミセスケーン、俺、NYに行くことにしました。
色々お世話になりました。ありがとございました。
春にはロンドン戻る予定です。 その時はまたよろしく。

「OH my god! ホントなの?ニューヨーク?」

はい、友人のツテで皿洗いです。っへっへ。

「まあ、ヨシらしいわね。なんでもトライするのね。
でも気をつけてね。NYは世界一危険な場所よ」 

はい、ありがとうございます。

本気で心配してくれる、ロンドンのおかあさん。

そんで、こいつ昔からの友達なんだけど、留守中俺の
アパートに住みます。ミミって言います。

「ハローnice to・・・ああ・・と・・」

ばかやろ。まずお辞儀して握手だ、言葉じゃねえ態度だ。

・・紹介がおせっかいになっちまった。
 
下宿人達にも挨拶して、さよならした。


ミミよ、緊張しただろ。はっは 
ありゃまず握手だよ。そんで頭下げろよ。

「おお、でも英語がよ・・・」

言葉なんか二の次よ。まず目で見える態度よ。

これから一人でロンドン住むんだろ、だったらさ
ガッコで習った英語で暮らそうと思ったら百年かかるぞ。

ひとの喋ってんの聞いて真似すりゃいい。
ドンバでメンフ読んだか?まず音だ、みんなが喋ってんの聞け。
バンドマンだろ、耳は自信あんだろ、っひっひ。

文法なんかかんけーねえよ。商事会社の社員じゃあるめえし。

ここで英語喋れても、なんにも偉かねえよ。
ガキもばばあもみんな英語だ。っへっへ

喋れねえとみっともねえって、そういう下らねえ頭捨てねえと
ここで暮らしちゃいけねえぞ。 へへ 


じゃあ、大田君とこも寄ってくか。
作田君も誘って三人でグレニーグルアベニューの
太田君の下宿に行く。 

「おお久しぶり。 そうかやっぱりNY行くのか。
じゃあ、ビレッジバンガード行って、ブルース見てきなよ」

ああ、名前は聞いたことあります。

「でも気をつけなよ、黒人ばっかの店らしいからさ。
ところで生活はどうすんの。仕事はできないでしょ」

いやあ、ウエールズで知り合った日本人がいて、そいつが
仕事もねぐらも紹介してくれるって。

そいつ今NY居るんですよ。皿洗いでもなんでもやりますよ。

「いいなあ、自由でいいよな。 俺は度胸ないな」

じゃ、すいませんがミミのことよろしく頼みます。


部屋で、スキヤキで送別会してくれた。ありがたい。
ここんとこ送別会続きで肉が食える。 
太田君、御馳走様でした。 旨かったあ、ひっひっひ。


次の日、ミミとロンドン最後のコンサートを観た。
ハンブルパイとミミの好きなスティーブマリオット。

帰りにハイドパークで酒飲んで草やって騒いで、
ロンドンやミミとの別れを惜しんだ。


翌日、一日中手紙書いた。

NY紹介してくれたアンとアメリカ人へ。
お袋と友達にもロンドンの友達にも、NY行くって書いた。

ここのアパートにゃいつでも遊びに来てくれ。
マブダチのミミが居ることも書いた。


ベッドに足突っ込んで腹筋やりながら思った。
 
バンコーってどこだ。少しは情報仕入れとかなきゃな。

古本屋行ってNYの地図買った。マンハッタンか、島だな。 
バンコーって49丁目か、ブロードウエイのすぐそばじゃんか。
すげえな、だいじょぶか。
日本でいやあ銀座か、ほんとに稼げるのかね。

そんで、大将のNY入国情報をおさらいする。 

まず税関で見せ金千ドルで1カ月ビザもらう。
千ドルチェックは、カナ公からちょっとした技ありで手に入れた。
勿論、偽もんだけど問題ない。
 
税関じゃネクタイしろ。 いかにもヒッピー風はヤバイ。
髪はうしろで縛って、毛糸の帽子被れ。
ドル札は折って靴下の中に入れろ。

空港からはグレイハウンドに乗る。蛇みてえなバスだって。

ブロードウエイに着いたら、歩って20分。
地図書いてもらったから、ダイジョブだろ。

そんで、バンコーのホテルのロビーで待つ。誰でもいいから
日本人に声かけろ。居なきゃ401で泊めてもらえ。

  
荷物は下着とジーパン、日記と正露丸。
冬に備えてお袋が送ってくれた親父の純毛の黒いコート。
親父が戦争中にフィリピンでGIからもらった毛布で作ったやつ。
重いけど暖ったけえ。

これで完璧。親父、お袋 ありがとさん。


さあ、来週は出発だ。

お前さ、来週から居なくなるからよ。何か聞いとく事とかない?

「そうそう、家賃は?」

家賃は一人住まいで6ポンドだから、お前払えよ。
 
「おう、しょうがねえな。 お前が探してくれたしな」

土曜日の昼頃に大家が取りに来るから、渡して領収証もらえ。
出掛けたり留守の時は、テーブルに置いときゃ勝手にもってく。

「ええ! じゃあ大家は部屋入れんだ。やべえな」 

おお、だから大金は置いとくなよ。
Tチェックや大事なもんは、作田君か大田君に預けとけ。
あと草も隠しとけよ。うっひっひ。

「うん、わかった」

あとさ、部屋の鍵なくすなよ。
もし鍵忘れたら、ドアの間にナイフ入れてブスッとやれば開く。

「うーっひっひ、じゃすぐ泥棒にやられるな」

そりゃそうだ。安アパートよ、しょうがねえよ。ひっひ

ドルの両替はアールズコートに行って日本人に聞けば、
いい両替屋紹介してくれる。

風呂入りてえ時は、アールズコートのスチューデントハウスか
パディントンのYMCA行けよ。 只で入れる。
泊り客の顔して、食堂で只飯も食える。

「おおっほ、ほんとかよ、いいな」

それと火は気をつけろよ。煙草とかキッチンのヤカンとかな。

「うん、やかんはだいじょぶだ。音が鳴るから。
お前、あのヤカンの名前知ってた?」

ピーピーケトルだろ。

「おお、笑っちゃったよ。電気屋覗いてたら書いてあった」


それとさ、なんか困った事あったら作田君か大田君に相談しろ。

それから・・・やばい話はぜったい乗るなよ。
運び屋とかよ、おいしい話はヤバイよ。お前は特にやばいから。

「わかったよ。 そんでいつ帰って来んのよ」

さあな、行ってみてだな。金溜まったら帰るか、面白ろかったら
長くなるかもしんねえよ。

「まあ、俺はここで待ってるよ」
 
柄にもなく寂しそうな面しやがって。頑張れよミミ。
 

「ところでターってなに?」

そりゃ、ありがとってこと。サンキューの頭だけとってター。

「そうか、スーパーでいつも言われるけど、なにかと思ってた」 

ついでにチックは女、シットはハッシュ、スタッフとも言う。

「ふーん、じゃフォッキンフォッキンて?」

フォッキン? 知らねえよ、そんなの。なによ。

「あいつ等、なんか喋っててよく言うだろ。なんかっていやあ
すぐフォッキンってさ」

・・・えええ? うーっひっひ、ばあか、そりゃファッキンだろ。

「なによそれ」 

俺もよくわかんねえけどさ、よく使うよ。

やばい女はファッキンチックとか、うるせえはファックオフとかさ。

「ファックか、フォックじゃねえのか」

コックニーよ。 奴等のなまりだな。アメ公のがわかりやすい。

でも、ふざけてもファックユーはぜーったい言うなよ。 
俺等日本人が言ったら殺されんぞ。
まあ、せいぜいサノバビッチくらいだな。うっひっひ。

で、ファックのサインは、アメ公は中指立てるだろ、でもよ
ここじゃあ、人差し指と中指向こう側に向けてちょっと曲げる。
だから、煙草ふたつちょうだいって、こうやんなよ。っひっひ 

「へえほんとかよ。やばいな」

まあ、つまんねえことでも奴に質問があったとはちょい驚いた。
好奇心はあるってことか。 ひっひっ


10月31日(火)
8時半起きてコーンフレ-ク食って支度。

リュック中身OK、金もOK、根性OK。

出掛ける前にションベン。
電話ボックスより小さい、このトイレともお別れだ。
 
しょんべんしたら、ううおっと! なんだ?
武者震いってやつか。へへへ。

おい、行ってくんぞミミ。

俺が一世一代の旅に行くってえのに、奴は起きやしねえ。
まあいいか、奴らしい。

留守頼むぜえ!
 
「・・うん・・気をつけて」 

お前こそ気をつけろよ。っはっは、じゃあな。


かくして、日本出て7か月目に世界のニューヨークだ。

ジャーン! さあ、どうなる。
 

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