印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1972年11月3日(金)

NY二日目、11時に目が覚めた。 
どこで寝たんだ?大将はもう居なくなってる。

月曜から211でひとり空くから、それまでここに
居なよ。部屋代はいいよって相原君が言ってくれた。

ありがと。でも来週からは211。
家賃週28.5ドル払わなきゃならねえ。

まあ、仕事さえ見つかればこっちのもんだ。

テレビ見ながらラーメン食って一服。 
ジミヘンがガウン姿でテレビに出てる。へえNYだ。


夕方、相原君が新しいシーツ持ってきた。
こんな汚ねえホテルでもシーツ取り替えるのか。

日本人住人9割。
俺等がここ出たら、ホテルはやってけねえってわけだ。
誰がいつから、どうやってこのNYのど真ん中に
住みついたのか、マカ不思議なバンコー。

夕方6時、大将が来た。
昨日で弁当屋終わって、またきょうからバンコーだって。
よかった、心強いぜ。


 
「ほんなら行こか」 

えっ?今もう?

「あたりまえや、レストランは昼間閉まってるやん」

俺の仕事探しか。飛び込みでだいじょぶなの?

「そうや、はよ行こ」


NYマンハッタンで出稼ぎ日本人ふたり。



ビルの谷間ネオンの川を渡り、ばかでけえクリスマスツリー
を横目で見て、観光じゃねえって言い聞かせるが、すげえ。

町の真ん中に、わいわいすいすいのスケートリンク。
見上げる眩しいブロードウエイの大看板。すげえすげえ。

でも腹へった。昨日の昼から食ってねえ。
飯屋入って作戦会議。 

日本レストランが多い50から56丁目あたりがいいらしい。
NYの街は横のストリートと縦のアベニュー、
方向音痴な俺でもわかりやすい。

大将、仕事ってどんなよ。

「まあ、最初は皿洗いやな。良くてもバスボ-イや。
まあ、コネあればウエイター」

ふーん、バスボ-イって?

「お下げ屋さんや。客が食った皿下げて、次の食器を並べる。
でも長髪はあかん。お前、髪切らんとできへんな、へっへ。
ホールとパントリーならホールはおいしいで。
結構、チップ入る。っひっひ」 

パントリーって?

「あんなあ、お前何も知らんねんなあ。
洗い場と別に、味噌汁出したりする部屋があんねんな。
だいたい二人でやんねん。な。
そんで、ウエイターと組めばチップ入る。」

へえ、そうですか。

「へへ、頼んでないんやけど味噌汁や卵のお替わり出すんや。
そんで、ウエイターとチップの山分けや。へっへ」 

バースでカレー屋の皿洗いしかやったことねえ俺が、
そんなもん知るわけねえ。

「ウエイターはな、紅花でチップだけで週50ドル稼いだ
奴もおる。でも、英語そうとう喋らんと無理や」

すげえな。チップだけで週50ドル?1万7千円じゃんか。

「お前な、NY来たら日本円に換算したらあかんわ。
1ドルは百円よ。百円感覚よ」

へえ、1ドル百円かよ。

NY二度目の大将は何でも知ってる。頼りにしてまっせ。


1軒目、レストラン日本。
格子戸風の玄関にアメ公が列作って待ってる。
これがNYの日本レストランか。

「雰囲気わかったか、ほな行こか」 

大将が店の裏側の路地へ入る、俺もついて行く。
真っ暗で臭え。残飯入れのドラム缶が並び、ビールケースを
積み上げて、日本酒もウイスキーも空瓶が山になってる。

大将、ギャベジドア開けて入ってく、俺もついて行く。
日本人と話してる。

「今いっぱいやて、空き無しや」 また歩く。

大将は行く先わかってるが、俺はきょろきょろついてく。


2件目、チキテリ。

「ここもいっぱいや」 また歩く、寒い。



3軒目、けごん。

「おい、ひとり空きがあるって。お前、今の内早く決めよ。
あの黒人と話せや」 

よっし。いっちょうやるか、黒人にしちゃ愛想は悪くねえ。
でも背高くて首が疲れる。よしゃ。

「hey man・・・」 

来たな。 ロンドン英語とは違う、こりゃ黒人英語だ。
なめられちゃあいけねえ。

「いつからできる?」

今からでもいいぞ!

真っ白い歯だして笑いやがった。

「明日からで充分だ。俺はグリーンよろしくな」 

なんだ、いい奴じゃん。黒人でもグリーンか。
一応、外人の裏バイト責任者だって。マジな顔で金の話だ。

「時給1ドル65だ。週82.5ドル。2週間に一度月曜に
払う。OKか」

相場知らねえし、OKした。握手したら手はミットだった。

大将、明日3時に来いってさ。

「おお、よかったやんか。そいつがピンハネしとるけどな。
時給さえ決めれば何時間でも働ける、心配すな。おめでと」


よっしゃ! NY3日目で仕事もヤサも決まり。快調だ。

ありがとございます大将。 ところで大将の仕事は?

「俺な、弁当屋でやってたんは紅花の空き待ちよ。
たぶん来週から紅花に入る。 友達の後釜でな」

ほお、チップのいいレストランは空き待ち、長きゃ1カ月か。
それでも待つ。 さすが出稼組、根性が違う。


「よし、お祝いにエロ映画行こか」

エロ映画?お祝いで?

「お前な、NYのエロ映画ってな、モロなんよ。ヒヒ」

そうっすか、うっしっし 缶ビール買って42丁目へ繰り出す。


うお、なんだこりゃ!通りぜんぶエロ通りじゃねえか。
 
エロ映画館がずらっと、50軒はあるぞ。

大人のおもちゃ屋がコウコウと灯りをつけ、ストリップの看板は、
でかい派手な電球が光る。立ちんぼねえちゃんはミニで流し目。

こりゃ気違いストリートだぞ!

しかし、もっとびっくらこいたのは、女の客が多い。
大人のおもちゃ屋で、はしゃぎながら買い物する女。
エロ映画館の前で切符買ってる夫婦。どうなってんだ。


まあ、俺等もそのいち員となって、只今絶賛上映中



「ディープスロート」の列に並んだ。っひっひ。

金曜夜でオールナイト。 アベックやモーホもいる。
上映前にベトナムのニュースやって国歌が流れる。  
エロ映画の前に国歌? どう考えたって狂ってる。

俺等は一番後ろの席でビール飲んで・・・始まった。

なんと交尾と尺八演奏が延々と続く、しかも鮮明。
やけにむなしい。こういうのは暗くて雨降ってるのが
・・今更あほらしいか。

「oh my God!」 ええっ!

客が一斉に後ろを向いた。 居た! 中年夫婦。

おばさんが両手で顔を覆って、中腰で泣き叫んでる。
でも映画も見る。 おじさんは必死でおばさんの腰つかんで、
ヘイとか言って出口に引っ張る。

おばさん、手すりにつかまって・・も少し見たい 

「がーははっは!」

客が一斉に笑いだした。おばさん夫婦は、映画より面白い。 

年寄りの敬虔なクリスチャン夫婦が、あわてふためく絵。

「あーっひっひっ」「うっひゃっひゃあ」

俺等も肩バンバン叩きながら、笑いがとまらねえ。

そんで、おじさんは「sorry sorry」って、
おばさんを引きずりだした。

約10分の実演寸劇。 ああ顎痛え、腹痛え、ひっひ。

画面に戻ってもまじめに反応しなくなった。 あーあ

しかし、オーマイゴッドってああいう場面で言うんだ。
ベンキョーになった。がっはっは。
 
さあ 明日から皿洗いだー!





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