印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1972年10月31日

雨だ。 でも寒みいなんて言ってらんねえ。
アメリカだぞ、腹に力入れろ、拳握れ、歯くいしばれ。
甘ったれんじゃねえ、日本男児だぞ。

言い聞かせねえとリキがはいらねえ。だらしねえ。

10時。奴等も飛び立ったあのヒースロー。
鈴なりのファンが居ねえと殺風景な空港だ。

リュック預けて免税店で煙草買う。

30分遅れか。ちゃんと飛べよ。
やっぱりBOACにすればカッコよかったかな。


飛んだ! 無事に着けよ。

JALなのに日本人は少ねえ。
日本人のスチュワーデスが英語喋ってやがる。

「excuse me」

俺、日本人です。

「あっ、失礼しました。雑誌は要りますか」

ばーか、俺が何じんに見えるってんだ。
黄色の黒髪短足の俺が、典型日本人に決まってるぞ。
 
JALなら日本語で言え、誇り持て・・絡むこたねえか。

飯が1回出た。 まずい寿司とビールで眠った。


2時10分。NYに着いた。フー、落ちなくてよかった。

ばかでかい空港に、ばかでかい野郎ども。
2mもある黒人が立ってやがる。プロレスラーじゃねえ。

しかもなんか血走ってる。
歩幅はでかいし、税関の腕は太い、声はでかい。
ロンドンと比べりゃ田舎と都会だ。

パスポートチェック。20分並んで俺の番。

大将の言う通り、黒のコート着てネクタイ締めて、
まっすぐ立ってきょろきょろしない。
ガンとばさねえで税関野郎を見る。

「NYは初めてか」 

パスポート見りゃわかんだろ。

「yes sir」 

なんでこんな野郎に媚売らなきゃ
・・・と思ったが、sirまでつけてやった。

どこの税関も軍隊式は大好き。ついでに敬礼でもしてやっか。

3分・・・ウエールズで大将と知り合って、アメリカ娘に
手紙もらって、やっとビザとって、偽学生証や偽チェック
30ドルで買って、ここで入国できねえじゃ話になんねえ。

パンッ! 

裁判官みてえに、木のハンコ叩いた。 よし。
無罪確定、1カ月滞在ビザもらった。ざまあみろ!

ネクタイ外してコート脱いで、空港出て左へ行く。

大将の言う通り、ばかでかい蛇みてえなバスが何台もいる。

これがグレイハウンドか。横っ面に犬が走ってる絵。
タンクローリーくらいあるばか長い車体。

なんでもでかいアメリカ。


市内まで2ドル50セントか。 
黒人の車掌にチケット見せたら、無言で俺のリュックを片手
で取り上げてタイヤの横の荷物室に放りこむ。

早く乗れって顎しゃくる。笑顔ってもんを知らねえのか。

後ろの席に座ると、隣に男が来た。
何も喋らねえ。 ふん、すいませんくらい言えねえのか。

椅子なんかリクライニングで足延ばしても前の席に届かねえ。
こりゃガリバー用か。 へっ
前の席は若いパツキン女。なんか臭え、柑橘系だ、嫌い。

30分も乗った。 でかい橋を渡ったらいきなり大都会。
写真とは違うぞ、これがNYか。 とんでもねえな。 


47丁目で降りた。 うおおすんげえ!

高えビルだらけ、これがマテンローってやつか。

ヒッピー風は居ねえ。マンサラばっかり。歩きが早え。

リュック背負って、49丁目のホテルを目指す。

ありゃなんだ?マンホールからばんばん湯気や蒸気が出てる。
それが葉巻の匂いがする。

モンローがスカート捲くった通気口がある。
確かに、地下鉄が走ると猛烈な風がくる。
でも歩道の端っこ、こんなとこ歩く女はいねえな。
やっぱり映画のやらせか。

人相の良くねえナニジンかわからねえ奴等。
ポリ公は馬に乗って道路走ってる。

へえ!これがアメリカか! 同じ地球じゃねえな。

信号で青はYES赤はNOの文字がでる。
あったりめえだろ、書かなきゃだめかよ。

黄色のタクシー。トランクの後ろにタイヤがある。
貸しボート並だ。

信号待ちで停まった。運ちゃんが前のタクシー押してやがる。
なるほどな、だからタイヤ付けてんだ。
なんちゅー野郎だ、なんちゅう街だ、これがアメリカか。



20分歩いて49丁目。 おっ、ホテルバンコートランド。
汚ったねえな、これでホテルか。

ボロいが12階ある。入口に30分居たが誰も出入りがねえ。

しょうがねえ、寒いし向いのピザ屋に入る。
ビールとピザ。 うーん、うめえ!

こりゃ最高、こりゃ世界のNY、世界一のピザだ。
おやじはイタ公。中年で愛想はいい。やっとほっとしたぜ。

テーブルにドラム缶位のピザを置いて、丸のカッターで切る。
そんで新聞紙で巻いて出す。 一切れで腹一杯。

ガラス越しに見てたら日本人が出た。
5時だな、じゃ行ってみっか。

親父勘定!「2ダラー」高えな へへ
また明日なアミーゴ!

「チャオ」 おやじ、笑顔もいいね。

通りを渡ってホテルに入り、ロビーの椅子で待つ。


20分。寒い。誰でもいいから来てくれ・・・来た!
寒いのに素足に草履のにいちゃん。

あのすいません、401号の人ですか?

「いや違うけど、あいつ等まだ帰らないよ。
着いたばっかし? 買い物つきあう?」 

はい、よろしくお願いします。

初対面なのに、なんか変な連帯感がある、不思議だ。
NY出稼ぎ組の、貧乏ヒッピーの信頼感か。

スーパーに行ってラーメン買って、ホテルに帰った。
案内してもらい401に行ったら誰も居ねえ。

「俺んとこで時間つぶせよ。1時間位で誰か帰って来るよ」

優しいね相原君。

俺、今ロンドンから着いたばっかしで・・

「稼いでまた戻るんだろ。ここはそんな奴等ばっかりだ
面白いよ。 俺も1カ月前に南米から来た」

南米ですか。

「うん、自転車でさ、ブラジル一周の時会った日本人が
ここ教えてくれたんだ。金貯めて次はカナダ行くんだ」 

ふーん、でかい夢だな。

こういう奴等が居るホテルか。


それにしても、部屋ん中はものすげえ暖ったけえ。
学校のヒーターみたいのが、窓のところにあって触ったら
火傷するくらい。 さすがNYか。 
こんな安宿でも暖房ばっちしってことか。へえ

何度か401行ってノックしたが、誰も居ねえ。
201の相原君とこでラーメン食って話聞いたりする。

夜11時過ぎ、401の5人が帰って来た。

俺、佐々木さんから紹介されて今日ロンドンから着いた・・・

「ああ、聞いてるよ。佐々木はいまクイーンズの弁当屋で
働いてる。 明日ここ来るって言ってた」

そうですか。

皆、仕事で相当疲れてんな。シャワー浴びたり無言で
ラーメン食ってる。

俺は緊張と時差で疲れ切ってる。もう12時だし眠い。

8畳位の部屋に、俺入れて6人。 
ベッド分解して、マットある奴が古株か。

他の奴等は、毛布の上に寝袋とか新聞紙や雑誌を敷き詰めて
枕元にノートや帽子、煙草を置いて、表札替わり。

これじゃ狭すぎるし迷惑んなる。

すいません、俺201で寝ます。

「ああ、じゃあ明日また来いよ」

相原君にお願いして泊めてもらう。わりいね。
部屋の隅っこに寝袋敷いて、爆睡。


次の日、10時まで寝た。関節が痛え。

相原君は今仕事無し。部屋に居ていいか聞いたらいいよって。

日本やロンドンに手紙書いて、隣のパン屋でサンドイッチと
ミルク、1ドル45。 

食いながらラジオをかける。

strumming my pain with his fingers またかかってる。
ナンバーワンの曲を1日中かけまくる局。
ピザ屋でもかかってた。凄いね。

1日中ロックだけかけてる局や、カントリーだけの局、
ゴスペル専門局、ラジオ局が50以上あるって。

やっぱりアメリカだな。ロンドンじゃ無理だ。


夕方、誰かが俺を呼びに来た。廊下の角にある電話まで走る。

「よおお!着いたか」

おお大将! 昨日着いたよ。

「30分で行くから401に居ろよ」

誰も居ない401は鍵が閉まってる。
ドアの外で待ってると、来た。

「うおお、元気か!よう来たなお前」



おおお、大将 会いたかったぜ。

帽子にジャンパー。大将、半年ぶりだ。

ナイフをドアの隙間に入れて鍵を開けた。
おお、ミミに教えた侵入法、大将も知ってたか。ひっひ

「いやあ、久しぶり。乾杯だ」

バドの缶ビールで乾杯。

「じゃあ、俺のみやげだ。 ほい!」

煙草ほど太く巻いた濃い緑色。2服で体が固まった。

自分の背中が見える。 隣の部屋も見える。
フロントの声も通りの話声も聞こえる。
大将が天井に浮いて、俺は壁に張り付く。

And I love herが聞こえる。
ポールが「お前次唄う?」おお唄うよ、悪いな。
 
タイショー降りて来いよ、へっへ。
おまえなんやねん、っひっひ。

中指が天井まで伸びたり縮んだり、笑いこけて顎痛え腹痛え。

バンッ!

ドアが開いたか、みんなが帰って来たらしい。
こいつ等寝られるかとか言ってる。6人はきついな。

211がひとり空いてるってわけで、今晩から211に入る
ことになった。 大将おおきに。

ニューヨーク、バンコーの初夜は更けていった。

ラリラリ グヲー))) 


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