印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1973年も5月に入った。
有り金2£、こりゃやばい。鍋で焚いた飯も終った。
これじゃ家賃も払えねえ。 バイトだな。

アールズコートのユースと学生会館行って募集ボード、
7件電話してやっと見つけた。

ドメスティッククリーニングスタッフ。ジャーン!
 
一般家庭に行く掃除屋さん。こういうのがあるんだ。
3時間で1.5ポンド。自分の好きな日でOK。いいね。

O君もやりてえって事で、二人で斡旋事務所へ面接に。

事務所のねえちゃん日本人大好き。すぐOK。 
おめでとうって草出して回しのみ。だいじょぶかよ。

ラリパッパ事務所でも、仕事の話はマジである。
風呂は割高で2ポンド、芝刈り、便所掃除、絨毯掃除。
結構こまかく分かれた値段票。

ロンドンじゃ嫁さんは働かねえのか?っへ、まいいか。

「じゃあ、あさってからね。あした必ず電話してね」

市内地図くれて、これで住所見て行けって。

はーい わっかりましたー。



翌朝、事務所に電話。

「明日はミセスS宅よ。ケンジントンの○○電話は
xx xxxx OK?10時に行ってね。
物置の片づけと芝刈りよ」

はいよ。 ヒマだし今下見行ってみっかな。

へえ ここかよ。ケンジントンの閑静な住宅街だ。
赤レンガ二階建て。結構でかい家。下宿よりちょっと高級。
ロンドンの中堅の上ってやつだな。

皮以外は何でもOKっていう濃縮洗剤と手袋もらって、
掃除道具一式バッグに詰めて寝た。
明日8時起きだし・・・がんばろ。


翌日、9時50分ミセスS宅に行く。

おはようございます! 私、Cオフィスから来ました
ドメスティッククリーニングの者です。

事務所で言われた通り挨拶した。

奥から声「ちょっと待ってね」・・・いい声だね。

出てきた。ミセスSだ。

30ちょっとか。パツキン小柄で小太り。

「はーい待ってたわ。じゃ、物置から自転車出して。
それから2階と1階の、床と洗面所もお願いね」

なんだ、芝生じゃねえのか。まあいいか。

物置には、ロウソクやらサッカーボールやら子供用自転車に
滑り台と車1台が停まってる。


2階行って掃除機の使い方を教わる。
ネズミ1匹くらい吸いこみそうな、ばかでかいドイツ製掃除機。
音はジェット機並み。音だけで綺麗になった気がする。

掃除頼むだけあって散らかし放し。新聞雑誌、皿、お菓子、
おもちゃ、スプーン、フリズビー。全部片づける。

2階2部屋、1階3部屋。 廊下、洗面台3台やってもう昼。 
終わりだ。時間厳守って言われたしな。

すいませーん、終わりましたよお・・適当だけどさ。へへ

「まあ! 綺麗になったわ。御苦労様。次は水曜ね」

伝票にサインもらって終わり。なんだこりゃ。
おいしい仕事だぜ。ひっひ、続けよう。


そして次回もミセスS宅。 次も次も、もう専属掃除夫だ。

子供と一緒に銀の食器磨いて、お茶とビスケット出してくれて、
こりゃいいぞ、週5日やって7ポンド50。 
高かないけど、これでなんとか飯食える、家賃払える。

次の金曜の午後番3時。 行ったらやけに静かじゃん。
ミセスSがいつもの様に玄関開けて

「はい、入って。私ね、今から出掛けるの。だからきょうは
早めに終わってね。1階はやらなくていいわ」

って言いながら2階へ行く。俺もついて行く。
なんかそわそわして、お出掛け嬉しそうじゃん。

そんで、洗面所掃除してたら

「ねえー!ちょっとお願い」

なんだべ? また天窓閉めてくれか、自転車出せか。

呼びました? なんでしょうか。

「OK、入って」 えっ? あそう。

おおっ! 寝室じゃんか。いいのかよ。初めて入ったぞ。

いい匂い、いい部屋だ。これがロンドン中流の上ってやつか。
セミダブルに枕三つ。三面鏡にクローゼット・・ふうん。

「ヨシ! ちょっとこれお願い」

おっ、名前呼びか。ごきげんだね奥さん。

えっ? いいのかよこんなことして。俺りゃただの掃除夫だぜ。
ま、でもお客様のご要望じゃあしょうがねえ。仕事だもんな。

ネックレス留めてちょうだい・・はいっ! 留めました。
襟足、ほつれ毛、耳たぶ・・・触れちゃいました。 へへ

黄色と緑のブラウスどっちが良い?・・俺の好きな緑っ。
奥様、ウインクして黄色をベッドの上に捨てました。

そんで鏡の前で「どう?素敵ね」

・・・どうったって・・・ヤバイです。
奥様、俺、間違えちゃうかも・・・です。

「きょうはね、お友達とお食事なの。ウフッ 
それでね、ベトナム人の若いご夫婦が来るのよ」

あ、そうですか。楽しそうですね。

「ええ、画家の友達の紹介で初めて会うのよ。ウフッ 
有名な人なんだって。 だからちょっとおめかしして行くの」

・・・はい・・・。

「そこで思いついたの。ヨシに見てもらおうって。
あなたのアジア人の感覚でね。 ムフフのフ」

あっはい、あっはっは・・ガカで・・ベトナムジン・・はい。
ぼ、ぼかぁ~アジアジンです・・・硬直してきたアジアジン。

洗面所に入ったぞ。ドアは半開き、聞こえる絹ずれの音。
気替えか・・瓶の音・・化粧か。水流した・・便・・トイレか

うー、落ち着け、深呼吸しろ、首回せ、算数やれ、羊数えろ。
旦那に見られたら殺されるぞ。

でっ・・出てきた。くうぇっええー!

緑のブラウスに赤のスカーフ、紺色のパンタロンに着替えて、
髪の毛おろして、ピンクの口紅、頬も薄紅。

こりゃ・・も・・もう別人でっすよ オックサマー。

奥様 いい匂い ヤバイ 頭クラクラしてきた・・・
ぼっ・・ぼくは・・もう・・めぞふぉるてでえす。

「どう? うふっ、いいわね。 
お茶でも飲みましょか。そこに座って」 

丸いちっこいナイトテーブルに、椅子ふたつ。
向い合せに座りました。 あ・・足が・・・

ニコニコしてお茶もってきた・・・眼の前に立った。
ううー立った うあツ!ああ ムッフォオォー 

ミ、ミ、ミセス・・おくさゃまチャ チャックが 
あいあい あいてまふゅ・・・おわあみゃっしゃああ・・

ううーワンッ どうすんだ。言うのか言わねえのか。
お客だけど、ミセスだ、オンナだ、奥様だ。

あーそこ、目がいっちゃう。血がのぼった、手が震える。
舌が・・もつれて うおりゃー気絶するぞ・・寒みい、暑い。

「あと15分位で出掛けるわ。きょうはもうお掃除いいわ。
鍵かけるから一緒に出ましょ」

ふぁ、フア、ふあ~い。 うわかりょまひつぁ・・・。

髪の毛いじってお茶飲んで、口紅直して、まだ気がつかねえ。
気がついてくれよ、このまま出掛けたら・・おくさまズイマ。

でもタンマ、喉カラッカラ。おっ、お茶、お茶飲んで。
ああーいい匂いだ だめだー メゾフォルテ・・

「さあ、じゃ出掛けるわよ」 

ぐうわぁったー! まっちくれー!!

言えば気まずい言わなきゃヤバイ、俺も男だキヨミズだ。
これも御縁だ観音様だ。おてんと様は見てる南無妙法連・・。

・・よしっ。 椅子から立って 奥様の股間 指さした。

あっ、怪訝な顔。

そうじゃねえ、ちッ違うのよ、違うの奥様。
チャ、チャ、チャックがね・・

気が・・ついた。 チャック上げた。

あ~ ふう~ ひぃ~ 息吸いてえ、水飲みてえ。

・・うん? ニコっ? 寄って来て? なに?
どっち? まるなの? バツ? ヴぉあーふぁー 

ヤメテ・・ヤッテ・・ヴワアア 俺のほっほっほほにー
キスしやがった・・殺せえ むっきゃあ みっきょおー

ダ ダ メダメダメダ・・・ふわあ

「さ、行くわよ」 

へ、へい・・・はい

奥様について1階に・・降りる、降りる時、降りれば、
降ります、降りろ・・・
 
ダメだ。脳味噌が、足が、心の臓が、チンの象が船酔い。

玄関出た。鍵閉めた。奥様と目が合った。

何もなかったように、じゃあねってガレージ行って、
エンジンかけて・・・ヴオー

行っちまったぞ。残酷だ、生殺しだ。
口あけて、棒立ち、夕立、スズメバチ。

ここはどこだ、俺は誰だ。 あいつは一体誰なんだ。
バス停に来た・・らしい。乗った・・
2階デッキで頭振って深呼吸。ふー もう一回 ふ~  

あんなのありかよ・・・。


翌週、ミセスSに呼ばれなかった。よかった。
これでまた呼ばれたら、もう知らねえ。 
野獣だビーストだ。旦那に殺られたって・・・。

そんで、次から回されたアルバートホール近くの女子寮。
黒人だけの中学生、職員も黒人。まるで尼寺。

ここで便所掃除をする。3時から5時、週4日。
二百器以上ある木製の便器を洗う。親にゃ言えねえ。

洗剤のアンモニア臭で頭がズンズンガンガンする。 
奥様香水から尼寺アンモニア。 天国から地獄だ。


「ハーイ!ボーイ あなた日本人?中国?」

ばーか。女だけの寮にゃ女らしいのはひとりも居ねえ。

お前等のしょんべんもうんこも洗ってやってんだぞ。
一礼して柏手打って、正座してションベンしろ。バカ。


5月24日 最近手紙が来ねえとおもってたら
日本で郵便ストがあったらしい。 へえー。

レコード屋見たりマーキー行ったり、バイトの悪夢を
振り払う日々。 もう便所掃除辞めてえ あーあ



5月26日。 ウイングス観に行った。
これを見逃すわけにゃあいかねえ。ミミにチケット買って
もらってやっと行けた。ハマースミスオデオン。

客は女のガキがほとんど。幕が開いて煙幕と同時に演奏。
右上段ステージにキーボードのリンダが立ってる。

ジェット!ポールが叫ぶ。紙吹雪が舞う。 
次は最新曲live and let die。 
風船は飛び、ライトは廻り、歓声歓声また歓声。

May be I’m amazed はレコードよりよかった。
Band on the run でテンポあげて次 my love。
このギターはデニーじゃ荷が重すぎる。
レコードのジェシーが抜群だし。

リッケンバッカーのベース、テレキャスと生も演った。 
キーボード、シンセ、ギター、ベース、何でも演る。

アンコールはのっぽのサリー。
自分のベースでキー確認して叫んだ”I'm gonnna tell~"
 
でも、ビートルズのポールではなかった。


6月4日。ミミの誕生日23だ。
皆でお祝いしようって待ってたが帰らなかった。

7日の夜中帰って来た。友達の家で草やってエルやって。
自分への誕生日プレゼントだったってわけ。



6月7日。 アルバートホールでポールサイモンを観る。
俺よりチビだった。かつらかもしれない。

ひとりで、アコースティックで静かに始まった。
かぼそい声で神経質そう。

ものたりねえと思ってたら、後ろの幕が開いて照明が
ブアアーっと点いて、ノリノリのリズムもんが始まった。

mother&child reunion! イエー 新曲だ。

ずらっと、黒人女性のぶあついコーラス。
迫力の教会ゴスペル。アンコール2回も答えて終了。 
 

あ~あ、また明日から便所掃除か。

いつまでやんだよ、冗談じゃねえぞ ヴァッキヤロー。

辞めた、もう辞める。耐えらんねえ。

旅に出るぞ! そう、おらあヒッピーだ! っきしょう





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