印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」

カブールで地獄

1973年12月8日 乾燥・埃
クッソーついにダウン。情けねえ。
風邪薬飲んで寝てるが、咳が止まんねえ。 
頭も喉も腰も背中も痛くて、寝返りうてねえ。

去年、風邪でニューキャッスルかどっかで寝込んだが、
ここまでひどくなったことはねえ。やっぱり中近東か。 

明け方吐いた。寒気もきた。とにかく眠ろう、眠りたい。
毛布かぶって無理やり目つぶる。

緑色の星がチカチカ出て消えて、白いもんがふわふわ飛ぶ。
・・・<カブールでヒッピー行き倒れ 日本人か>
だめだ、目開けよう。 無理やり目開けとこ。

7時頃、また吐いた。眠るどこじゃねえ、体震えだした。
縄で編んだベッドにケツがもぐる。だめだ、床に寝た。

咳と吐きで、のたうちまわる。

隣のアメ公が「だいじょぶか?」 

ダメだ。me fucked upだ。ヤバイ。

でも俺の顔見てるだけ。 あ~奴はラリってるかも。 
やっぱり日本人の相棒探しとけばよかった。


夜、今度は下痢がきた。風邪じゃねえな、やられたな。 
水は相当注意してたが、思い出せねえ。

・・・しまった! あれか。

朝、飯屋で水飲んだ。風邪薬で喉乾いてて飲んじまった。

ああー・・・あれか。ちっきしょうめ。

とりあえず正露丸・・10分。

這いつくばって便所へ行く。ダメだそのまま出た。

5分おき、2分おき、ひどくなる。 
正露丸6錠いった ・・ダメだ全部出た。うわー

頼むよ、日露戦争勝ったんだろ。中近東じゃ効かねえのか。

くちからケツまで直通。ナマコだ。チッキショウ。

ベッドまで帰れねえ。便所の前の廊下でのたうちまわる。

まだだめか・・っきしょう 止まってくれ。頼むお願い。


あ・・・指が細くなってきた、血の気がねえ。やばい
頭クラクラ体フラフラ。 口が渇く。

いったい俺りゃどうなっちゃったんだ。助けてくれ。
廊下も天井も回る、お袋も親父も回る。

腹が細くなってきた。指の骨が浮き出てきた。
・・あ 死ぬかもしんねえ。おかあちゃん 俺・・・。

目つぶる・・親父もお袋も怒ってる。友達が笑ってる。

助けてくれえ、ここで死にたくねえ・・・2時か。 
吐きながら下痢る、下痢りながら吐く。

どした・・・冗談じゃねえぞ、こんなんで死ぬわきゃねえ。

3時、間隔がちょい長くなった。これで治まってくれ。
頼む!神様仏様。 総持寺のお守り効いてくれ。

4時になった。吐くのは止まった。ふー・・・頼む。
このまま落ち着いてくれ。いう通り日本帰ります。

5時。 下痢3回吐きなし。少し落ち着いてきたか。
なんでもいい治まってくれ。眠りたい、でも眠れない。

6時。また吐いた。ダメだもう吐く物ねえ、内臓出るぞ。
ヒイヒイ・・・目ん玉飛び出しそうだ。

ケツ破れる。もうだめ。便所の前でのた打ち回って、
転げまわって・・・朝が来た。

生きてるか? 話し声が聞こえる。手も動く。生きてるな。

7時。吐くのは止まった。動けそうだ。部屋へ帰ろ、寒い。

這いつくばってベッドへ戻る。眠りてえ眠らしてくれ。
腹押えて目つぶって・・・ヨダレ出る、壁が揺れる、
脳みそが揺れる。 寒い。鼻水出る、涙出る。


9時か・・ちょっとは眠れたか。このまま治ってくれ。
神様仏様、こんなとこでくたばりたくねえよ。

「おい、だいじょぶか。これ飲めよ」 カナ公だ。

コーラと白い錠剤2錠。

なんだ? 昨日ラりってたエディ・・・エルかもしれねえ。
いっそラリっちまったほうがいいか。

あ~アンフェタでもエフェでも、こうなりゃなんでもいい。
今よりゃましだ。飲むか。

それ、なんだ?

「クロロウムだ」 

クロ? 聞いたことねえな。エディよ、
変なヤクじゃねえだろうな。死んだら化けて出るぞ。

・・よし飲もう。あんがと。

コーラが腹にしみる・・・体が炭酸になった、シュワー。


・・眠れた。2時間くらいか、仮死状態。

目が覚めた。 スッ・・・屁だ。おお!屁がでたぞ。

ツンパ見た。・・・うん。屁だ。糞じゃねえ、水じゃねえ。
よし、下痢治った。う~救われたぞ。

地獄にエディ!救世主エディ!救われたぞ。

エディ、ありがと。ところでその薬、なんだって?

「それは抗生物質だ。大概のやつには効く。 
きのうお前相当ひどかったから、グリーンホテルにいる友達
のとこ行ってもらってきた。 もうだいじょぶだ」 

おっ・・お前、俺のために・・・薬もらってきてくれたのか。
ただのラリパッパヒッピーだと思ってたよ。く~
ありがと、ほんとありがと。命の恩人だ。

「ヘイ メン よかったな、もうだいじょぶだ。
これ食えよ。元気出るぞ」

隣のアメ公の手に、真っ黒で小さくて四角い物。 

シットじゃねえだろうな。

「はっは、ちがうよ。これはブラウニーだ」

・・・ああ、NYの時、レストランで出してたな。
ちょっと違うけど、あのデザートケーキか。

お~、じゃもらうわ。

重くて、ちょい苦くて、甘い。う~うまい。

こんなもんどこで買ったの? 

「デイブも心配してさ、今朝パン屋探して買ってきたんだ」 

お~俺、泣くぞ。お前等さ、ほんとありがとな。
お前等居なかったら、ほんと死んでたかもしれねえ。

エディとデイブ。抗生物質にブラウニー。
忘れねえよ。ありがと、ありがと。


それから5時間。死んだように眠れた。

起きたら指も足も血の気が戻ってる。もうだいじょぶだ。 

二人ともありがとな。ところでもういっこだけ頼む。
ジーパンくれよ。俺のは糞まみれで履けねえ。お願いだ。

ッハッハッハ オー!シット

笑うなエディ、まだ腹にちからはいらねえ。

裾20cmも切って履いた。安心してもう一回眠った。


12月10日 生涯最悪の日は終わった。参った。

1週間も経った気がする、ロンゲストデイだった。
正常まではいかねえが一段落だ。 

ブラウニーの残り食って、とにかく眠れる。うれしい。

ベッドに夕陽が当たる。きれいだ、生きてるな。


夜、ヘラートで別れた岡本が着いた。奴も元気ねえ。

よう岡本 どした? 

「俺、水にあたってさ・・」

おお、お前もかよ。俺も昨日まで地獄だったぜ。
お互いげっそり面で苦笑い。

そんで、どしたのよ。

「ヘラートの病院行ったら、すぐ点滴打たれて2日入院で
なんとか治ったけど、最悪だったよ」

そうかよ、でもよかったな。俺は病院行くヒマもなかったぜ。

ひっひっひ まあお互い死なずによかった。

ところで岡本さ、クローなんとかって知ってる?
抗生物質だってエディにもらったんだけどさ。

「ああ、それクロマイじゃない?クロロマイセチンだよ。
日本じゃ処方箋無いと手に入らないってよ。それ効くの?」 

そうか。効くなんてもんじゃねえよ。地獄から生還だ。
2錠で一発。 すげえ薬、魔法薬だぜ。

「すごいな・・でもさ、これからは水は沸かして・・」 

そうそう。やばいしな。へっへ
じゃなんか食うか。腹ん中からっぽだ。


病人歩きで、こないだの飯屋に行った。

花瓶みてえな透明の器に入れた水と、ヒビわれたコップ。

岡本さ、この水が地獄の入り口だったんだ。

・・じっと見てたら何か浮かんできた。ゴミか? 
でも動いてんな・・・おい、これなんだ?

ぐええ!ボーフラだ ボーフラだぞ。10匹くらいいるぞ。

うええ!見ただけで腹痛え、身震いする。

これだよこれ。こんなもんが俺の体ん中入ったんだぞ。
おい、もう帰ろ。

おお、帰ろ。 チャイとナン買ってホテルに帰った。

あんだけ注意してたのにな。やられちゃったぜ。

もう、食い物も火通したもんしか食わねえ、鉄則だな。

ったく、ひでえ目にあった。

・・・でも死なねえでよかった・・・



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