兄貴がミカエルになるとき
「ひどいね」

「お、顔が餅みたいにふくらんでるぞ。子供みたいだな」

そう言いながら顔をまっすぐ近づけてきて、ふくれっ面の私の頬をひんやりした指で挟んで引き寄せた。

鼻がくっつきそうなくらいの超至近距離。

指先に力を入れて、私の頬をつぶす。

「うそだよ。お前のこともずっと守ってやるよ。エイリアンが襲ってきても、ゾンビが押し寄せてきても、ゴジラに踏みつけられそうになっても、たとえこの世が終わりかけても。俺がこの世に存在する限り、いや、たとえ体がなくなったってずっと守ってやるさ。どうだ、すごいだろ」

ニヤッと笑い、「その代わり、覚悟しとけ」と付け足した。

「何を覚悟するの?」と言ったつもりだったけど、頬をつままれていたので、「だぢをかここつつど」と、意味不明の呪文のようになってしまった。

いったい何を覚悟するのか、その答えは口にしないままトオ兄は私の顔から指を離し、11時を過ぎても人の流れが途絶えることはないストリートに目をやった。

すごく近くにいたはずのトオ兄が、ふっと消えてしまったような不安に襲われた。

時間が経ったことさえ実感がないようなあやふやな風景のなかで、トオ兄と血のつながりがないことを知り、でもトオ兄はやっぱりトオ兄で変わらなくて、それでも何かが変わったのかもしれないという、そんな思いが同じあやふやさでゆったり波打っていた。
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