西山くんが不機嫌な理由
と。
思考を巡らせつつある次の瞬間、急激に足元に重圧が掛かる。
反射で視線を足に走らせれば、視界に映るは男の仰向けに寝ている姿。
途端全身に鳥肌が走る。
有り得ない。その神経自体を疑う。
つい先程まで言葉巧みに詰め寄ってきていたというのに、まさか眠りに落ちている筈がない。
怪訝に思いつつも、嫌に重たい足を何度か揺らしてみるものの、一切起き上がる様子が窺えない。
人の足の上で勝手に眠りに就くなんて、なかなか良い度胸をしているものだ。
むくむく湧き上がる怒りが頂点を達する。
「……っいって!」
勢い付けて膝を折り曲げれば、身体のバランスを崩した男はベッドの下に落下する。
「ひっどー、乱暴な男は嫌われんぞ」
非難の声に耳を傾ける気は一切持ち合わせていない。
地面にぶつけた後頭部を擦りつつ、文句を浴びせながらもどこか楽しげに微笑む男の姿に、背筋に寒気が走る。
だから嫌いだって言ったんだ、こういう男は。
男の言葉に操られるがままに思いを馳せそうになった自分自身の行動を悔やむ。
なんだってこんな得体の知れない男に、自身の気持ちを左右されなければならないのか。
最近は厄日続きだ。
ゆったり立ち上がる男を一瞥し、保健室をあとにする。
後ろから男が追い掛けてくる気配は感じなかった。
授業真っ最中だからか、物音ひとつない廊下にはひんやり冷たい空気が漂っている。
階段を上る途中、何の気なしに後ろを振り返ってみる。
そこには当然の如く、男の姿は見当たらない。
安堵の溜め息を漏らしつつ、階段を上る足を進める。
歳も学年も知らない、名前すらうろ覚えで。
近頃は、不思議な空気を纏った人達とよく出会うものだと。
人気のない静粛に包まれた道を歩きつつ、ぼんやりそんなことを考えていた。