西山くんが不機嫌な理由





「その顔は、決心のついた顔だね」



いつの間にか再び表情に憎たらしい笑みを取り戻していた男が、こちらの様子を窺いつつにまにま笑う。




相変わらず、時間を掛けてでもこの男の笑みはきっと好きにはなれない。



心の片隅でひっそり無意味な確信が持てた。




だけど、正直に言えばこの男のお陰で自身の気持ちに気が付くことが出来なくもなかった気がしなくもない。



「…………わらび餅」

「え、何?何突然わらび餅て」

「…………名前、忘れた」

「ええぇ。俺の名前わらび餅?もっとましなカモフラージュの仕方あったでしょうが」

「…………」

「何その不服そうな顔。あ、拗ねてるんだ。西山くんでも拗ねるんだ」

「…………」

「思ったんだけどさ。俺西山くんが女の子だったら間違いなく惚れて、」

「…………気色悪い!」

「あはは、そんな大声出せるんだ」



どんなに威嚇してみせようとも、目の前の男は微動だにすることがない。



ただただ愉快そうに、クツクツ喉を鳴らせて笑う。




同性という理由も加わり、女を口説き落とす滑らかな口調は余計に虫唾が走る。




関わりにくさといえば、凪の母親と良い勝負をしている。



こんな男に数分くらいとはいえ足止めされていたと思うと、相手をしていた自分自身にどうしようもなく呆れる。



踵を返して校門へと足を進める。



後ろから男が追いかけてくる気配はない。



「あーそうだー。俺の名前ね、山城大河だからー。気が向いたら覚えといてー」

「…………」

「あ、あとねー。一刻も早い行動がおすすめー」



その声に振り返る気も、ましてや返事を返す気も一切持ち合わせていない。



まあ、名字と顔くらいだったら、覚えてやらなくもない。







帰路に着けば、意識は今しがた自覚した凪への想いについて占領される。




保健室で凪とふたりきりだった時点で確信しておけば良かった。



そんな悔いはするだけ無駄なものだけれど。





―――とりあえずは、凪。好き、ってことでいいですか。




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