彼が不機嫌な理由を知っとうと?


「――飲め」
「ありが、とう」


誰もいないベンチまで辿り着いてから、タケルに無理やり座らされた。
大きな木の下のベンチは木漏れ日を受けて、ゆらゆらと光の模様をつくっていた。
握りこぶしをつくって置いている私の両膝の上にも光は降ってきて揺れた。

タケルはどこかに行ったかと思うと、私の好きな缶おしるこを買って戻って来た。こんなにあったかくなったのに、一体どこに売ってたんだろうとか思ったけれど、ありがたく頂く。
熱いくらいの甘い液体をそっと飲み下して、息を吐く。
同時に、引っ込んでたはずの涙が溢れた。


「……ぅー」
「…………」
「タケルぅ。せんぱい、彼女おったぁ……」
「おったなあ」
「やくそく、忘れとったぁ……」
「忘れとったなあ」


タケルはコーラを飲んでいた。
ぐびぐびと音を立てて飲みながら、私に相槌を打つ。


「私、何やったん? ちかっぱ頑張ったんに、何も意味なかったやん」
「なー」
「全然覚えとらんって何なん? すこしくらい覚えてくれとってもよくない?」
「なー」
「私にはあんなムスク渡しとって、清楚系彼女って何なん? 石鹸の香りやったし!」
「好みが変わったんやろ」
「そんな一言で済ます!? 私、この香水の為にすっごく頑張って来たっちゃけど!?」
「そもそもな、その匂いはサクラには合わん」
「え?」


見れば、タケルは頭上に茂る葉を見上げながら言った。


「サクラに似合わんもん。サクラの事分かってる奴やったらそんな香りを贈らんし、似合うようになれとか絶対言わん」
「似合わんって、そんなん今言わんどってよ」
「何回も言ったやん。サクラに合ってないって」


ぬう? と考える。
ああ、確かに何度もおかしいとからしくないとか言われたっけ。


「サクラの良さを押し込める匂いやけん、俺は好きやない」
「ふうん」


すんすん、と手首の付近を嗅いでみる。
違和感はあるけど、それはつけたばかりだからじゃないの?


「よくわからん、私」
「わからんけん、一年以上も振り回されるようなヘマするっちゃろ」
「む」


睨んでも、タケルには全然意味がない。
めんどくさそうに欠伸された。
その横顔を見て、ため息をつく。


「ヘマ、ヘマかあ。そうよね。先輩にとっては、とっくに過去の話やったもんね……。私はまだ進行形やったのに」
「そうな」
「つーか私って馬鹿なん?」
「どうかな」
「タケルの話でいくとさ、香水渡された時点で振られとったんやないと? ねえ?」


お前にこの香水の似合う日は来ないよ、という意味だったとか?
だとしたら辛すぎる、と慌てた私に、「それは考え過ぎやろ」とタケルは言った。


「先輩はそんな遠回しな嫌味を言える人やないし、何よりサクラの事可愛がってたやん。あれがサクラに似合うって先輩は思ってたんやろ。
ただ、先輩はサクラの良さとか全然分かってなかったのは間違いないな」


タケルの言葉はどうしてだか真実味があった。
あんまりにも自信ありげに断言するからだろうか。


「何それ。そしたら私はさ、全然自分の事みてない男にずっと片思いしとったってことやんか。やっぱ馬鹿みたいやん!?」
「馬鹿やないよ。片思いって言うのはいつでもそう言うもんやんか」


なに言ってんの、とタケルは笑った。


「自分の事見てない男でも好きだったから好きでいた。それでいいやんか」
「う、ん」
「サクラは頑張った。けどだめやった。恋愛なんてそんなもんやん。頑張ったから報われるってことはないやん」
「うん」
「好きやけん頑張ってきた、だけでいいやん。馬鹿とかいう必要ないやん」
「ん。うん……」


タケルの言う通りだ。
結果はこんなことになっちゃったけど、私はずっと先輩が好きで、頑張ってきた。
好きだったけど失恋した。それだけのこと。

ことんと、なにかが落ちるような音がして、心が落ち着いた。


ずず、と鼻水を啜り、目元を手の甲でこする。べったりとアイシャドウとマスカラがくっつくのをみて「汚な!」と叫ぶ。


「誰なん、こんな厚化粧しとるんは!」
「サクラ」
「泣き顔がグロいって最悪やん!」


千奈美って人は薄化粧だった。
あの人も泣いたらこんな風にべったりになるのかな。
いやきっとキレイに泣くに違いない。
私みたいな汚い泣き顔になんか絶対なんないんだ。

くそう、三ヶ月で女は変われるって思ってたけど、訂正せざるを得ない。
私はまだ、女として完成されていない。
付け焼刃。付け焼刃ってやつだ。


「もうヤダもうヤダ! なんなん、私ってなんなん!」
「おしるこ飲め」
「泣いたら暑くなった! そっち寄越せ!」


タケルの手からコーラを奪い取って、ごくごくと飲み干した。


「あー。俺のコーラが」
「足りん! ポカリ買ってきて!」
「お前が行け」
「こんな顔で歩けんもん」


たぶん最高に汚い顔で頬を膨らませてみせたら、どうしてだかタケルが笑った。


「なに」
「いやなんでもない。買ってくるけん、待っとき」


タケルはすぐに冷えたジュースを買ってきてくれた。
一息に飲み干す私を見て、くすくすと笑う。


「なに。さっきから」
「いや、別に」


心地よい風が一陣吹いた。私のゆる巻きの髪を撫で、通り過ぎてゆく。
涙で濡れた頬がすっと冷えて心地よかった。


「好きやったのになあ、先輩」
「ん」
「先輩との約束があったから、頑張って来れたんになあ」
「ん」
「これから、どうしよう」


半分以上空になった缶をもて遊びながらぽつんと呟く。
ぽっかりと穴が開いたように、虚しい。


「とりあえずさあ」
「なに、タケル?」
「とりあえず、そのきったねえメイク落として、ラーメン食いに行こうや」
「は?」


缶からタケルに視線をやれば、タケルは私の飲み残したおしるこを飲んでいた。


「甘いものの次はしょっぱいのがいいや。もちろん、とんこつな」
「なにそれ」


思わずくすりと笑う。


「でも、うん。ずっとラーメン食べてなかったけん、いいね。行こう」
「クレンジング買うのが先な。魔物みたいな顔したサクラと一緒はやだ」
「くらすぞ、この」


コブシを作って殴る真似をすると、タケルが笑った。

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