恋のはじまりは曖昧で

「あっ、」

田中主任が短く声を出し、ブレーキを踏む。
そして、ハンドルを握っていた手が私の方に伸びてきた。
思いっきり油断していて、前のめりになりそうな私の身体を主任の腕が支えてくれた。
そのまま信号は赤になり、田中主任は心配そうに私の顔を覗きこんでくる。

「高瀬さん、ごめん。急ブレーキ踏んでビックリしただろ。大丈夫?」

「は、はい。大丈夫です」

田中主任が悪い訳じゃないのに謝ってくれ、自分は大丈夫だということをアピールした。

「よかった」

田中主任は安心した表情で息を吐く。
私がうっかりしていたのに、田中主任に心配をかけてしまい申し訳ない気持ちになる。

信号が変わるとアクセルを踏み込み再び車を走らせた。

支えられた時の田中主任の腕の感触がまだ残っている。
細身だと思っていたのに、意外に逞しい腕だった。

それに、さっき田中主任の身体から香水だろうと思われるスパイシーな香りが鼻を擽った。
大人の香りだったな、なんて思い出していると急に頬が熱くなる。
どうしてこんなにも自分の胸が高鳴っているんだろう。

胸に手を置いてみると、心臓がドクドクと脈打っているのがダイレクトに伝わってきた。
いろんなことを考えていたら、そわそわして落ち着かなくなる。

窓から入ってくる風を浴び、火照った顔や心を鎮めようとした。
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