恋のはじまりは曖昧で
「お客さん、仲良くしてるところ悪いけど、この辺でいいのかい?」
気まずそうに咳払いをしたタクシー運転手が声をかけてきた。
ハッとして窓の外を見たら、私のマンション付近だった。
「はい、ありがとうございます」
慌てて答える。
タクシーの中で上司と髪の毛を触りあうって何をしているんだって話だ。
お酒の勢いかも知れないけど、かなり恥ずかしいことをしていたんじゃないのかと今さらながら反省する。
ドアが開き、降りようとしてふと気付く。
タクシー代、どうしたらいいんだろうと思っていたら、隣で田中主任が支払していた。
「高瀬さん、降りよう」
田中主任に促されてタクシーを降りる。
「あの、ここで降りて大丈夫なんですか?」
「あぁ、酔い覚ましに歩いて帰るから」
鞄片手に伸びをする。
田中主任とは、ここで別れるんだろうと思っていたんだけど。
「マンションまで送る」
「いいんですか?」
「あぁ。ここからマンションが見えているっていっても、まだ歩かなきゃいけないだろ。こんな時間に女の子一人では歩かせられないよ」
田中主任と並んで歩き出していたら、ポツリと鼻の頭に水滴が当たった気がした。
あれ?と思い、空を見上げるとまた水滴が顔にあたった。