恋のはじまりは曖昧で
「雨……?」
「ちょっと急いで歩こうか」
「はい」
お酒を飲んでいるので、足がもつれそうになるし走れない。
二人で早足になるけど、雨が降るのは待ってくれない。
徐々に雨がアスファルトを濡らし、雨独特の匂いが鼻につく。
やっぱり天気予報は当たっていたんだ。
傘を持ってこなかったことが悔やまれたけど、本格的に雨が降る前にマンションに着いた。
とはいっても、服が雨で湿っていて身体にピタリとまとわりついて気持ち悪い。
下着が透ける素材じゃなかったのが救いだ。
エントランスで隣を見ると田中主任のスーツが濡れている。
あそこでタクシーを降りて私を送ってくれたせいだよね。
「あの、うちの傘を使ってください。あと、濡れた場所をタオルで拭いた方がいいですよ。そのままにしておくと風邪を引くかも知れないので」
「あー、悪いけどそうさせてもらおうかな」
ダメ元で言ってみたけど、断わられなくてよかった。
エレベーターに乗り、三階の私の部屋へ向かう。バッグから鍵を取り出し、玄関のドアを開けた。
「あまり片付いていませんけど、上がってください。私、タオルを取ってきますね」
「いや、濡れてるしここで待たせてもらうよ」
田中主任に部屋に入ってもらうように言ったけど、靴を履いたまま玄関から動こうとはしなかった。