恋のはじまりは曖昧で
噂話のゆくえ

「紗彩ちゃん、もう帰れる?」

一日の仕事を終え、自分の机の上を片付けながら弥生さんが聞いてくる。

今は請求の締日と締日の合間の時期。
締日は得意先によって異なっていて、二十日締めや末締め以外はそこまで忙しくない。

私たち営業事務は、こういう時期は定時で帰るようにしている。
三浦さん曰く、残業ばかりだと精神的にも体力的にも疲れてしまうからとの事。
それには私も納得だ。

「はい」

「じゃあ、ご飯食べて帰らない?」

「いいですね」

私もパソコンの電源を落としながら答え、机の上をさっさと片付けた。

「お先に失礼します」

二人で声を揃えて挨拶し、営業のフロアを後にした。

弥生さんと来たのは『クローバー』というお店。

ここには何度か連れてきてもらったことがある。
昼はランチメニューが豊富で、夜は創作料理など提供し、お酒も飲める。

カウンター席やテーブル席、個室も完備されている。
私と弥生さんはテーブル席に向かい合って座り、メニューを広げて見ていた。

「弥生ちゃんに紗彩ちゃん、いらっしゃい」

このお店のマスターが素敵な笑顔と共に、お冷をテーブルに置き、お手拭を手渡してくれた。

「あ、マスターこんばんは」

マスターの名前は後藤忍さん。
三十代半ばぐらいのワイルド系イケメンだ。
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