恋のはじまりは曖昧で

トップバッターの役割を見事に果たし、みんなの拍手を浴びながら席へ戻ってきた。

「お疲れ~。相変わらず上手いな」

「ありがとうございます。大学の学園祭で踊って好評だったんですよ。何度も練習したから、身体に沁みついているんですよね」

「部署ごとに一人は浅村みたいな人がいたら重宝するだろうな」

それは田中主任の最上級の誉め言葉だと思う。
でも、本当に浅村くんみたいな人がいるのといないのでは全然違うと思う。

そのあとのカラオケは、総務の年配の女性の人が演歌を披露したり、いろんな人の歌声を聴きながら箸を進めていく。

「田中主任、ビールいかがですか?」

一人の女性が田中主任の背後から声をかけた。

「あぁ、ありがとう」

田中主任は振り返ると、手に持っていたグラスを差し出した。
女性は田中主任の横に座り、ビールを注いでいる。

「田中主任はカラオケは出ないんですか?」

「俺?うーん、あんまり歌は上手くないから」

「えー、絶対に主任は上手そうですよ」

斜め前ではそんな会話が繰り広げられている。
それを見ていた弥生さんがこっそり耳打ちしてきた。

「あの子、経理の森川って子なんだけど主任のこと狙ってますオーラが半端ないよね」

私も内心、弥生さんと同じようなことを考えていた。
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