恋のはじまりは曖昧で

「わざわざ経理の席からここまでお酌するために出張してくるんだよ。ピンポイントで田中主任にだけ声をかけていて、隣の浅村くんになんて見向きもしていないでしょ。極めつけは浴衣も合わせ目を厭らしくない程度に緩くしてるし。あの子はしたたかな感じがする」

弥生さんの分析にもすごいとしか言いようがない。
やっぱり田中主任はモテるんだ。
初めてそういう場面を目の当たりにし、何だか複雑な気分になる。

「こういう社員旅行とかって日常から離れているからいろいろ大胆になれるのかもね」

「それはちょっと分かる気がします」

「でしょ。あの子、もしかしたらこの後に主任を誘い出して告白するかも」

それを聞いてドキッとした。
思わず主任たちの方へ視線を向けると、森川という女性はまだその場を離れようとはしていなかった。

「でも、主任はガードが固くなったから誘われても断りそうだけどね」

「えっ?」

「前にも話したことがあったと思うけど、田中主任て誰に誘われても“いいよ”なんて返事をしていて軽かったの。だけど、ある時、適当な付き合いは止めるって宣言してからは本当に別人のようになったの」

「そんなに違ったんですか?」

私が入社してからは、仕事に一生懸命打ち込んでる田中主任しか見たことがないからいまだに信じられない。
まぁ、プライベートは別だと言われたらそれまでなんだけど。
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