センセイの好きなもの
私を抱きしめると、振り返ることもなく出て行った。

その当時、母は28歳で女盛りだったと思うし、本当に住み込みの仕事をしていたのかすら定かではない。

ただ苦労しているようには見えなかった。幼かった私にも分かるくらい、母はとても身奇麗にしていた。
私より男を取ったことは明白だったし、もし一緒に連れて行かれて振り回されるくらいだったら、置いて行かれて良かったんだと思う。
寝床もあるし、食事にも困らなかった。



「母が再び私の前に現れたのは18のときでした。私は中学を出てすぐに働き始めて、それまでは園長先生が心配して施設に住まわせていてくれたんです。お金を貯めて一人暮らしを始めて、調理師免許が欲しくて専門学校に通っていました。でもとにかく学費が高くて…。
バイトを掛け持ちして、それでも食事もままならないくらいでした。だけど…あと一歩というところで辞めました」



居酒屋のバイトを終えて帰ろうと店を出たとき、母に声をかけられた。
あの夜が全ての始まりだった。
< 143 / 234 >

この作品をシェア

pagetop