センセイの好きなもの



その人は少し濃い目の化粧に肩まである明るい茶色の髪を巻いていて、水商売の人が着るような黒いロングドレスを着ていた。


10年会っていなくても分かる。

少し老けているけど、紛れもなく母だった。


私が小学校に入る少し前に、母は私を施設に預けた。
父親はいない。顔も名前も知らない。

母は住み込みの仕事をする、お金が貯まったらまた一緒に暮らそうと言って、私を置いて行った。

けれど私が8歳のとき、再婚するから私を引き取ることは出来ないと言って姿を消した。
私は捨てられたんだ。

あのときの母は28歳。今思えば女盛りの母にとって、子どもより女としての幸せのほうが大事だったんだろう。


私はもう二度と会うことはないと思ってた。
連絡一つなかったし、生きているかどうかさえ考えることもなかった。

< 32 / 234 >

この作品をシェア

pagetop