彼とほんとの私
「一人暮らしってどういうこと?」


母が心配そうな顔で言う。父は、黙ったままだ。

「しばらくホテル住まいをして部屋を借りようと考えてる。赤の他人だって分かって、一緒には住めない。こんな風に思いながら居るのなら、いっそのこと、別々に暮らした方が、お互いの為じゃないかな」


嘘をついているから語尾が弱くなる。出て行くことは後ろめたかったが、ここで揺らいでは両親と距離が置けない。今は、両親と顔を合わせるのが辛いのだ。


しばらく、沈黙が続く…。だめだって言われても、出て行こう。そう決めた時、


「分かった。愛実がそう決めたことならしょうがない。あの話をしたら、こうなることは予想がついていた」


静かに、父が言う。


「でも、あなた…」


「愛実ももう大人だ」


「…ありがとう。じゃあ、私、引っ越しの準備があるから…」


父の顔も母の顔も、まともに見れずに席を立った。そして、その日は、最後までお父さん、お母さんと呼べなかった。


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