カメカミ幸福論


 彼が鍵を開けて部屋へ通す。私はフラフラと入っていって、そのベージュでまとめられたシンプルで温かみのある部屋を見回した。

 ・・・ティッシュ、発見。

 とりあえず部屋の真ん中にある大きなベッドに腰掛けて、鼻をかむ。ついでに涙も乱暴に拭い取った。

「水飲むか?」

 小暮の声がした。私はそっちを見もせずに頷く。今晩はビールばかりを大量に飲んでいて、しかもさっきから口呼吸だったので喉が渇いていた。

「ほら」

 目の前に差し出されたペットボトル。お礼を言って受け取り、ごくごくと音を鳴らして飲んだ。冷たい水が体の中を落ちていく。それだけで、さっきまでぼんやりしていた頭が幾分ハッキリしてきた。

 ふう、と息をはく音が聞こえて顔を上げると、小暮がスーツの上着を脱いで大きく伸びをしている。

「ああー・・・今日はよく飲んだ」

 背中をこちらに向けていたので、じっと見た。

 大きな背中。ちょっとのびかけの髪の毛。一日の動きで皺のよったシャツ。案外高い位置にあるお尻と、真っ直ぐな足。

 いい男だ。すんなりとそう思った。

 私はペットボトルの蓋をしめて、上着をハンガーにかけている小暮に言った。

「・・・他にいるでしょ、素敵な女が」

「え?」

 小さかったけど聞こえたらしい。彼が肩越しに私を見た。

 言いかけたのだ。最後まで言おう。

 私はベッドの上で体の向きを変えて、小暮を真っ直ぐに見た。


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