カメカミ幸福論
夜の中に立つ小暮は、返事を待っているみたいだった。だから私はぼんやりと口を開く。今度出す声は掠れてるかもしれないなんて考えながら。
「・・・他の男なんていない」
「と、いう事は、俺のせいだな。―――――――――こいよ」
すっと近づいてきた小暮が、私の腕を取った。そしてそのまま歩き出し、すぐ近くにぽっかりと口を開けていたビルの門を潜っていく。
通りすがりにちらりと横目で見たら、壁に掲げてあった控えめでもお金のかかってそうな看板にはこう書いてあった。
『Heven's door』
ぼんやりとした頭の中で看板の意味を考えて、少しだけ苦笑する。・・・天国のドア?ラブホにしては、大層な名前じゃないのって。
シンプルなエントランスにシンプルなパネル板。小暮は私の手を取ったまま無言でパネルをタッチして鍵を取る。すぐに来たエレベーターに通されながら、私は涙で視界をぼんやりさせたままで聞いた。
「・・・どうしてここに?」
「人前で泣きそうなカメをほっとけなかったし、電車に乗って送るよりは早い展開を望んだから」
ちっとも喜んでなさそうな声で、小暮は淡々と返事を寄越す。私はふーん、と呟いた。
男と、ラブホに。
なんと私が。
しかも、相手は小暮・・・。
色んなことで頭は忙しくしたかったようだけど、とにかくただ、私はぽろぽろと涙を零していた。鼻もたれそう。だけどティッシュを鞄から出すのが面倒臭い。・・・ああ、もう。