素顔のキスは残業後に
「親の前で隠す必要ないだろ。ついでに――…俺の前でも」


胸を突く低い声が鮮明に鼓膜まで響き伝わる。

私を見つめる瞳が少しだけ寂しげに見えるのは、きっと気のせいじゃない。


声を失って見つめることしか出来ないでいると、柏原さんはいつもの意地悪な笑みを浮かべた。


「頭悪いんだから難しく考えんな。――って、これはお母さんじゃなくて、俺の台詞な?」


いつだって簡単に私を見透かす彼に、

いつだって簡単に涙腺を緩ませる彼に、

言いようのない想いでまぶたの裏が熱くなる。


もう何度目だろう。こんな気持ち。

考えても分かりそうもなかった。

だから、いま出来る精一杯の明るい笑顔を作って、絡み合う指先に自分から力を込めた。
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