素顔のキスは残業後に
「女って自分のしるし、残したがるからな」

掠れた声が頬をくすぐり、耳朶をそっと指でなぞられる。ひんやりとした感触に背筋がぞわりと粟立った。

「なっ……」

からかわれてるって分かってるのに、自分の意思に反して跳ね上がる心臓がすごく悔しい。

「そんなっ。私はっ――、そんなことしないです!」

見透かされないようになんとか言い放つと、やけに納得した顔で頷かれた。

「だろーな」

「は?」

「そんな駆け引きも、恋愛テクも、経験もなさそーだし?」

「そっ、それは! ――よく言われますけど」

図星すぎるそれに思わず声を詰まらせると、「やっぱりな」というように意地悪な笑みを返されてしまう。

一瞬でも優しいだなんて思ったことを後悔してやる!

恨みを込めて睨み返すと、彼は余裕げな表情で笑った。
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