素顔のキスは残業後に
「あのマンション売りに出すんですか?」


私の問いかけに柏原さんは小さく息をついた。

彼の瞳がゆっくりと斜めに引き上がる。


どこか遠くを見つめるような瞳。

ドクンッと鼓動が跳ね上がるのと同時に、消え入りそうな声が彼の唇から漏れた。


「あぁ。金のこともあるし、ここ最近悩んでたけどな。

あのマンションに住み続けてたのは買ってしまったこともあるけど、それ以外の理由が強かった気がする」


静寂に溶けていく低い声に胸が締めつけられる。

それ以外の理由。それは聞かなくてもわかってる。


鼓動だけが静かに加速していって、視線を私に戻した柏原さんは小さく笑った。


「いまはもう理由もなくなった」


< 409 / 452 >

この作品をシェア

pagetop