Cross Over

エレベーターから降り、ロビーを見ると、
桐生先輩がソファーに座っていた。



胸がこれでもか、と煩く高鳴る。



近付くと、彼がこちらに気付き、ゆっくり立ち上がった。




『…すいません。お待たせしました。』




彼を見上げながら、軽く頭を下げる。




『…いや。行こうか。』



ふと僅か微笑んだような、彼が先に歩き出す。



少し小走りで、彼の後ろをついていき、会社を共に後にした。




彼の車に乗り、15分ほど走ったあと。イタリアンのお店に車は停まった。



車の中で、
何が食べたい?と聞かれたのだが。
お任せします、と答えると、彼はただ車を走らせた。



お店の中に入ると、お洒落な店内に目が輝いた。



可愛くて綺麗なお店。

ドキドキと胸が高鳴った。





テーブルに着き、メニューを頼んだあと。彼から言葉が発せられた。




『急に飯に誘って、驚いた?』




テーブルにそっと肘を置きながら口にした彼に、頷く。




『はいっ。びっくりしました、けどっ……。でも、嬉しいほうが、大きくて。』




少し顔を赤らめて、素直な気持ちを伝える。




『そうか。…なら、よかった。』



ふと、安心したように目を細めて彼が微笑んだ。






テーブルの上のグラスを手に取り、水を少し飲む。




油断すると、彼の姿に見とれてしまう。



鼓動がドキドキと高鳴るのを抑えようと、必死になる。



今日一日中、何を話そうかと考えていたのに。

彼と向かい合って座った途端、緊張とともに全て吹っ飛んでしまった。




どうしよう


ドキドキしてるのが聞こえてしまう




もう一度、グラスに入った水を飲む。





その時、 





はは、と堪えきれなかったような笑い声。小さく、先輩が笑った。



はっと顔をあげ、彼の顔を見る。






『あたし、なんか、…可笑しかったですか?』





なんだか、恥ずかしい。

頬を染めて、うつむきがちに彼の顔を見る。




すると、笑みを溢したままの表情。彼が、こちらを見て告げた。






『いや。


すげー緊張してんだなと、思って。』







今まで見た中で一番優しい笑みを浮かべて、

真っ直ぐこちらを見て、彼は微笑んだ。









…っ





その微笑みを見て、


トクンと胸が脈打った。








この人は、どうしてこんなに魅力的なんだろう


たくさんの女の子たちが狙っているのも無理はない。
 


このままだとあたし、先輩のこと…




きゅっと胸が締め付けられた。





桐生先輩の、姿、声、空気。


全てに引き込まれてしまう。


会うたび、どんどん彼に引き込まれいく自分がいた。




__それから、


運ばれてきた料理をゆっくり食べながら、他愛もない会話が途切れることなく続いた。



仕事の話しから、最近観た映画の話し、音楽の話し、今見ているドラマの話しなど、


笑いあいながら、あっという間に時間が経つほど話した。





最初に、彼が笑った時。


あの時から空気が、ふっと変わった。


気付けば、自分からも話しをすることができていた。




桐生先輩には、独特の空気がある。



一見、クールで冷たそうに感じるが、

落ち着いた、静かな包容力のある雰囲気に、身を任せたくなってしまう。


気付けば、彼の空気に、居心地の良さを感じ。安心しきってしまっている。



最初の不安はどこへやら、私は澪の話しまで彼に話していて。




『それで澪が、危ないって叫んでるのに、あたし走って、そしたら転んでっ、』


気づくと、一人で思い出し笑いをしながら喋っていた。




そんな私の話しを彼は、テーブルに肘をつきながら、


『へえ。』と微笑んで相づちをうち、


時には、声をあげて軽く笑いながら、


ずっと
聞いてくれていた。





先輩。笑うとたまに、顔がくしゃっとなる。




初めて見た彼の、そんな表情が嬉しくて。
切なくて胸がきゅんと、苦しくなった。










『…そういえば』



話しの切れ間に彼が、ふと尋ねる。





『ピアノ、やってるんだよな?』




言葉に驚き、聞き返す。





『ど、どうしてそれを…?』



 

目を丸くする。



その私の表情に、彼が笑った。




『前に、会社の掲示板に張ってあったから。』






…掲示板?




ああー!!




思い出したように彼の顔をはっと見る。






『コンクールの記事ですね?』




『そう。』




微笑んで先輩がうなずいた。






私は小さい頃からピアノを弾いている。


今回の事故が起きてから、しばらくレッスンには今は行けていないが、


大人になった今でも。ずっと、続けている趣味の一つ。




ピアノが唯一、自分を表現できるものであって。


それに。ずっと一緒に生きてきたピアノが、大好きで、とても大切だった。




年に一度ある大きなコンクールで以前、賞をもらって。
その記事が、そのあとしばらく会社の掲示板に貼られていたことがあった。





先輩…




そんな記事を


覚えてくれてたんだ。













『いつか、聴かせて。』





彼の言葉に、うつむけていた赤らめた顔をふとあげる。





『今度、…機会があったら。』



彼は優しい笑みでこちらを見ていた。







しばらく目を丸くしたままに先輩を見ていたが、


嬉しさでいっぱいになり、幸せを噛み締めながら返事をした。







『はいっ。喜んで。』






ふふ、…と。照れたように笑えば。
何も言わず微笑む彼に、

新たな話題を思い付いたよう口にした。



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