呉服屋の若旦那に恋しました
ぼろっと、何故だか涙が零れ落ちてしまった。
こんな風に分かりやすく志貴の目の前で泣いたりするのは、数年ぶりのことだった。
自分でもなぜこのタイミングで涙が出てしまったのかよく分からなかったが、多分色々といっぱいいっぱいになってしまったのだろう。
志貴は、見る見るうちに顔を青ざめさせた。
こんなに動揺している彼を見たのは、初めてだった。
「だ、衣、え……、なに?! どうした!? ごめん、言い方強すぎた? よな?」
私はそんな彼が正直おかしくて堪らなかったが、そのまま顔を覆って泣いているふりをした。いや、実際に泣いているんだけども。
そんな時、外から台所に通じているお勝手口が開いた。
入ってきたのは、子鍋を持った静枝さんだった。
「志貴、衣都ちゃん、筑前煮作ったんやけど、良かったら朝食にー……」
「あ……」
「え……衣都ちゃん!?」
涙目の私を見て、静枝さんはすぐさま下駄を脱いで近寄ってきてくれた。
私の両肩を持って、どうしたん衣都ちゃん、と言って、本当に心配そうな顔で私を見つめた。
なんだか色々と大げさに誤解されてしまったような気がしてならない。私のその予感は的中した。
静枝さんはキッと志貴を睨んで、低い声を出した。
「何したん?」
「いや……指輪を……」
「無理矢理はめようとしたんか!? ほんまデリカシーの無い男やな! 女ん人んとって大事な婚約指輪をそんな乱暴に渡すなんて男として最低やわ!」
「す、すみません……」
志貴は、何も言い返す言葉は無いというように、顔面蒼白のまま謝った。私を泣かしてしまったことに相当な罪悪感を抱いているのだろうか……。
そんなナイーブな彼の心を抉るように静枝さんはさらにたたみかけた。
「衣都ちゃんは今日はうちんところで預からしてもらいます」
「え」
「巣鴨さんとこの事もあったばっかやのに、あんた衣都ちゃんのこと傷つけてばっかやないの!」
「いや、待っ、それはいくらなんでも急すぎ…っていうか衣都やっと帰ってきたばかりなのに……」
「無理矢理婚約指輪を押し付けるような男と一緒に、衣都ちゃんを住まわせるなんてできひんわ」