呉服屋の若旦那に恋しました
「ありがとう、衣都」
「結婚式必ず行くね!!」
「必ずよ?」
「もちろん!!」
志貴の家と違って、おばあちゃんの家は全室フローリングの洋室だ。
椅子に座ってご飯を食べることも、ふかふかのベッドの上で寝ることも、1日中おばあちゃんの好きなピアノの曲が流れているのも、最初は慣れなかった。
この家に来てから、一度も志貴のことが話題に出たことは無い。
きっと2人は私に気を使っているのだろう。正直その優しさは、凄く有り難かった。
まだ、志貴のことを思い出として話せるようになるには、全く時間が足りないから。
「結婚か~、いいなあ」
自室に戻ってベッドに寝っころがった私は、まだ藍ちゃんの結婚報告の余韻に浸っていた。
藍ちゃんが丸くなった理由のひとつが、もしかしたらそれかもしれない。
いつもの無表情で無口な藍ちゃんと変わりないのに、幸せオーラがにじみ出ていた。
女の子の憧れである結婚……。
かくいう私も、志貴と結婚する予定だったんだけど。
「元気かな……」
私は、もうなにもついていない左手薬指をじっと見つめた。
……ゆるやかな斜めのラインが入った、シンプルなシルバーリングだった。
“……今度は、拒否するなよ”。
志貴はそう言って、私の指に誓いのリングをはめた。
目を閉じると、あのときの彼の真剣な瞳を思い出して、心臓が苦しくなる。
彼も珍しく緊張していたのか、少し手が震えていたような気がする。