呉服屋の若旦那に恋しました


「い、行く、俺も……」

「え、別にいいのに」

「本気トーンで断るなよ……」


きっと今日は満月だから吠えてたんだよ、と衣都は訳の分からないことを言う。五郎は狼じゃないぞ。

あくびをしながら、ピラピラしたボーダー柄のルームウェア姿の衣都のあとをついていく。

五郎は外に出たら、嘘みたいに吠えなくなった。

衣都の言うように今日は今にも落ちてきそうなくらい大きな満月で、思わず見惚れた。


「ねえ、どうせなら伏見稲荷大社散歩しようよ」

「お前正気で言ってんのか……」

「頂上までは行かないからさ」

「当たり前やっ、奥社奉拝所までやぞっ」


なんでこんなにこいつはタフなんだ……やっぱり若さってやつなのか……。

久々にあの千本鳥居で有名な伏見稲荷大社に来た。

衣都はずっと東京暮らしだったせいか、やたらとはしゃいでいた。

夜の千本鳥居はなんだか神秘的で、延々と続く鳥居を照らすオレンジ色のライトが煌々と輝いていた。

衣都は坂道もひょいひょいと五郎と楽しそうにのぼる。

俺はそんな衣都の後ろ姿を、呆れた様子で見ていた。

なんだかお得意様に会ってしまいそうな予感がするので、俺は衣都と少し距離を開けて歩いていた。


すると、すぐに鳥居の分かれ道に辿り着いた。

衣都は、迷うことなくすっと左の鳥居の中に消えていった。


「衣都、転ぶなよ」


そう言ったが、俺は何だかそこに立ち尽くしてしまった。

フラッシュバックしたからだ。

数年前のあの日、衣都に忠告した言葉が。



『俺もその道を一緒に歩きたいけど、2人で並んで通るには細い道だったら、俺は衣都の後ろを歩くよ。その時衣都は、俺を振り返っちゃ駄目だよ。絶対に』


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