呉服屋の若旦那に恋しました


ぼうっとしている間に、髪型が完成していた。

前髪も巻き込んで両サイドを編みこんで、うしろでふんわりとした御団子にまとめてある。余分な毛もしっかりお団子に巻きつけてあるから崩れにくいし、前髪も編み込んであるから前髪のうねりを気にする必要もない。

まさに湿気に弱い天パ対策のまとめ髪……。

志貴は本当に器用だと、つくづく感心する。


「今日は青の着物やから、白と薄い黄色の花の髪飾りや。ほら、着物の青が引き立つやろ?」

「うん……本当だ……」

「ほな、仕事いくで」

「あ、ありがと、志貴……」


そう言うと、志貴はつんと私の髪飾りの花を指で揺らして、ちいさく笑った。


「似合ってる」






そう言えば志貴は、昔からそういうことをなんのためらいもなく言って、女の子を誤解させることが得意だった。

志貴に対する免疫が無い人は、毎回その言葉と志貴のフェロモンに当てられていて、大変そうだった。

その気にさせて、告白されたらふるなんて、残酷すぎる。

幼いながらに、志貴は女の敵のタイプだなと思っていた。


志貴は小学生の頃からモテていたらしいけど、私的には高校生の頃がピークだったように思える。

噂によると、同級生だけでなく、先生や保護者もメロメロにさせていたらしい。

志貴は言葉は乱暴だけど、基本的には皆に優しいし、いつも笑ってる。

実は誰よりも温厚で、皆それを知っていた。


でも、そんな志貴が唯一自分のことで怒ったことがあった。

私はそれを、今でも鮮明に覚えている。


あの日も、今日みたいなじめっとした夏だった。


「志貴兄ちゃん、衣都ね、コロコロアイスが食べたい」

「おーなんだそれはピノか、アイスの実か、どっちだ小娘」

「アイスのなんとかー、まあるいの」

「はいはい」

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