呉服屋の若旦那に恋しました
待って。何言ってるの、お父さん。
頭の中が真っ白になるとは、こういうことを言うのか。
まさか漫画の世界のような話が、現実として自分の身にふりかかってくるとは。
「まあでも、さすがに今日再会して突然ってのは難しいやろ。せやから衣都、この1年で準備しなはれ」
「準備って……?」
「浅葱屋で、志貴君の家で、一緒に働いて暮らすってゆーことや」
そう言って、お父さんは実家に送った筈のトランクを、どんと私の目の前においた。
まるで、もう腹をくくれと、釘を刺されたようだった。
既に石と化している私の手を、志貴が握った。
「衣都、覚えてるよね? 将来は志貴兄ちゃんと結婚するって、言ったこと」
「は………」
「言ったよな?」
「いやいやいやそんなの子供の戯言だし時効で」
志貴の言葉に反論しようとしたその時、ぐいっと腕を引っ張られて耳元でささやかれた。
「この話を断って東京に戻ってもいいがそしたら仕送りは無し実家にも2度と帰ってこれなくなる父の藍染職人としての仕事が激減そんな父に仕送りをしたいが自分もフリーターの身十分にお金を送れないあああの時とりあえずでもいいから志貴さんの所で1年間働いておけば良かった」
「………」
「なーんてことに、なってもいいんだな?」
「……よ、ヨクナイデス……」
「だよなあ?」
「ハイ……」
「とりあえず婚約指輪はまだ受け取らんくてええ。こん1年間で、賢く生きるためには、どないしたらええんかよお考えろ」
きょ、京都弁って、ドスきかせる時に利用するものでしたっけ……。
使い方違うと思うんですけど……。
私は、志貴の言葉にこくこくと頷いた。
「衣都ちゃん、今日からよろしゅうね。もうお部屋は準備してあるから」
「浅葱屋も華やかになるなあ」
「あ、アハハ……」